天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

笑顔にする力

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◇◇◇

 ウズメと話をした夜から三日が経過。次第に気力を取り戻していったタカミは、反乱の実行に必要な人員の確保に向けて動き出した。

 が、まだムスビとは話をできていない。どんな顔をして会いに行けば良いのか、皆目見当もつかない為だ。

「という訳なんだ。誰か、協力しちゃくれねえか?」

 労働が終わった後、同室の男たちに反乱の補助を依頼した。各所に火をつける担当、岩を落とす担当、屋敷を攻撃する担当と、それぞれを補佐する担当が必要となる。

「オラぁごめんだね。死ぬくらいなら岩運んでたほうがマシだ」

 タカミと同年代の大柄な男は誘いを断った。しかし彼とて、南部採石場の状況に甘んじているわけではない。

 ただ、命を天秤にかける気概が無いだけだ。ここでは、そんな人間が大多数である。

「僕は手伝うよ。こんな現状、絶対間違えてる」

 誘いに乗ったのは、同室の中で一番若い男だ。人生における大切な青年期を敵に潰された彼の世代は、もっとも不憫だといえる。

「ワシも手伝いたいところだが、見ての通り歳だからな」

 反乱の意思はあるものの、老化が原因で、身体が心に追いつかない者も居る。彼はタカミの親よりも少し上の世代だ。

 侵略を受ける前の名もなき集落で長く暮らしていた者たちは、とりわけその傾向が強い。

「ああ、無理強いはしないさ。爺さんのその気持ち、必ず俺たちの力になるよ」

——まずは一人か

——ムスビはどうしてんだろうな……?

 いくら計画を練ったとて、どうやっても一人で指揮できるような規模の反乱ではない。

 初期から情報を共有していたムスビの協力が必須であると、タカミ自身よく理解している。しかし、こんな局面でなお、彼の中の意気地なしが顔を出す。

「んじゃ、君にはまた話をするよ。みんな、休息の邪魔して悪かったな。忘れてくれ」

 睡眠時間を削ってまで引き留めたことについて謝罪をし、解散を促した。協力を申し出た彼以外は自分の場所へ帰る。

「僕以外に協力者は居るんですか?」

「ん? ああ、俺ともう二人居た。数日前まではな」

「え?」

「その、なんだ。一人は死んじまったんだ」

「そうだったんですね……。絶対やり遂げましょう、その人のためにも」

「あ、ああ、そうだな」

 自ら誘ったタカミだが、彼の士気の高さに驚いた。

——死んじまったやつのために、か

——俺もそんな風に思えたら、もう悪夢は終わっていたかもしれねぇな

 タカミは時折、自分が何のために反乱を起こそうと考えているのかが解らなくなった。理不尽に殺された仲間のためか。苦しみながら生きる皆のためか。はたまた自分のためか。

——俺はウズメに、皆のためだって言ったな

——ふん、カッコつけやがって

——誰かのためになんて、考えたこともなかったくせに

「作戦が決まったら、また話をしよう。この話は誰にもするなよ? 奴らにばれたらそこで終わりだからな」

「わかりました、黙っておきます」

 約束を交わし、若者は自分の寝る場所へ戻った。少し遅れてタカミも立ち上がり、松明の灯りを消して眠りについた。……明日も、仕事が待っている。

◇◇◇

 その日は、朝から雨が降っていた。少し離れるとろくに会話も出来ない程の轟音を鳴らす土砂降りだ。

 ただでさえ気が滅入る強制労働であるのに、これでは希望を持つことなどできようはずがない。採石場で綱渡りをする誰もがそんな心持であった。

ただ一人の少女を除いて。

——今日はずっと雨なのかな

——少し、つらいな

——でも大丈夫

——タカミさんが、皆を笑顔にしてくれるから

 恐ろしく華奢な手足で、砂利を積んだ荷台を引く。濡れた地面で車輪が滑ってしまわぬよう、普段よりも注意深く進む。

——落石とか土砂崩れなんかも気を付けないとね

 時折崖の様子を確認しながら、一歩一歩確実に下り坂を歩んでいく。

 荷台の持ち手に置かれた手はかじかんでおり、気を抜けば制御を失ったそれに轢かれてしまう。この採石場では、何処で何をしていても死神が真横に立つのだ。

 しかし、少女は恐怖など感じていなかった。命の恩人たるタカミを信じているからだ。みんなを笑顔にする素敵な遊びを企てていると言った彼を信頼し、いつの日か笑って平穏に暮らせる時が来ると思っているからだ。

——タカミさんなら、やってくれる

——何をしようとしているのかは分からないけど

——目的は、みんなを笑顔にすること

——なら私も、手伝いたいな

——私にだって、他人を笑顔にすることは出来るはずだよね

 数日前の夜、満点の星空の下で体格の大きい男の話を聞いた事を思い出す。

——だって、タカミさんは笑ってくれたもんね

 旧友を亡くして絶望していたタカミは、ウズメの放った優しい言葉で笑みを取り戻した。

 その実績が、彼女を安心させる。やり方はおそらく違えど、同じ目的を果たす能力が己にもあるのだと実感できたのだ。

「……あれ?」

ふと、前に岩を積んだ同方向の荷台が見えた。

——ただ追いついた……って訳じゃなさそう

 不自然なほど瞬く間に距離が詰まっていく。しばらく進むと、その原因は前の荷台が進んでいない為だと気付いた。

——人が倒れてる⁈

自身が引く荷台を平らな場所に停め、大急ぎで駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「さ……さむ……い……」

 ウズメの呼びかけに応える中年女性の声は弱々しく、震えている。顔面は青ざめていて、唇は血の気を失って紫色に見えた。

——つ、冷たい!

 安心してもらおうと女性の右手に触れると、彼女は命の危機に瀕しているのだとすぐに解った。降り止まぬ雨に打たれ続け、体温が著しく下がっているのだ。

「今助けます! 大丈夫ですから、気を強く持ってください!」

 女性の背中側から脇を通じて両腕を前にまわし、踵を引きずりながらもなんとか近くの岩陰へ。気温はさほど変わらないが、雨に当たらない分、少しはマシだろうと考えての避難だ。

「……話し声がする」

女性を運んで一息ついた頃、ウズメは近くからする男性の話し声を聞いた——。
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