天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

各々の役儀

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◇◇◇

 ──さらに二年が経過した。

 タカミが反乱を起こしてからちょうど五十年が経ったタイミングで、世界を揺るがす、その大事件は起きた。

「兄さん、大変なんだよ兄さん!」

「なんだよ、ハル」

「ちょっと外に来てくれ」

「外に?」

 ハルは家の中を走り回り、大慌てでタヂカラの部屋へ。その様子はただ事ではない。

 タヂカラはそんなハルに連れられて外へ出た。弟が大変だと称した違和感に気付くのに、大した時間は要さなかった。

「妙に暗いな……?」

 まだ暗くなるような時間ではなかったが、しかし、現実に周辺は微妙に陰っている。

「あっち」

震える声で北側の空を指さすハル。

「な、なんだ、ありゃ……?」

「月、だよね……?」

 はるか上空に座し、夜空を彩る光の一部として輝くはずの月が、地表に近付いていた。手を伸ばせば届くのではないかと、そう錯覚するほどであった。

「いったい何が……」

「ハル、ありゃ何だ?」

「どれ?」

「ほら、黒く光って見える部分が──っ?!」

「何か落ちてくる?!」

月から高速で迫る何かを見た。落ちてくるとハルは表現したが、それは月と繋がったまま。すなわち、伸びてきたのである。

「バカでかい鎖だ……」

「あっちに刺さった、のかな?」

「そうみたいだな。ちょっくら様子見てくる」

 タヂカラの表情から焦燥を読み取ったハルは、兄がこの国の事を本当はどう思っているのか勝手に想像した。

「待って、僕も行くよ」

◇◇◇

 ──トリシュヴェア近郊、鎖の麓

 突如、地に突き刺さった無機質な存在。その異物はあまりに巨大であった。ひとつひとつの輪が、大柄な兄弟でさえ見上げるほどに大きい。

「兄さん、あれ」

「ああ、見えてる。人……じゃなさそうだが」

 長い爪を有し、黒や紫の入り乱れた体色をしたそれ数匹が、鎖の刺さった場所を中心にして闊歩している。

《グギャア?》

 忍び寄る二人を見つけたバケモノ。左右の手の爪同士を擦り合わせ、呻いた。

《ギガガガ!》

「わわ、兄さんどうしよう?!」

「どうするったって、ぶっ倒すしかないだろ!」

 近くに落ちていた頼りない植物の棒を手に取り、タヂカラはバケモノへと立ち向かう。

「ぐおっ?!」

「兄さん!」

 案の定、爪攻撃を防ぐことは出来なかった。いとも容易く棒は折れ、タヂカラの胸辺りに浅い切り傷が生じた。

「ハル! 何か武器を持ってきてくれ!」

「武器? そんなの無いよ!」

「ツルハシでもシャベルでも良い! とにかく、こいつらをぶっ殺せる何かを頼む。それと、出来れば応援もな!」

「兄さんはどうするのさ?」

「俺ぁここで食い止める。俺が求めたって、誰も助けちゃくれねえだろうしな。みんなに信頼されてんのはハル、お前だ」

「……分かった。 気を付けてね、兄さん!」

 怪我を負いながらも、なんとかバケモノを抑えるタヂカラ。そんな彼に悔しいながらも背を向け、ハルは一度トリシュヴェア中心地へ戻った。

◇◇◇

「武器、武器……あった!」

 自宅の物置を探すと、すぐにツルハシが見つかった。バケモノの爪を見たハルは、果たしてこんな物で防御ができるのかと心配になったが、しかし、余計な事を考えている暇は無いと言い聞かせた。

──まごまごしちゃだめだ

──こうしている間にも、兄さんは戦ってるんだから

 ツルハシとシャベルを手に持てるだけ持ち、次に人員確保を目指す。幸い、まだ落ちた月を眺める二人の男たちが見えた。

「みんな、助けてくれ!」

「おお、ハルじゃねぇか。どうしたんだ、そんな大荷物で」

「こんな時に採掘……じゃないよな?」

 普段、花崗岩の掘削を仕事としている者らで、仕事柄、大きな体をしている。敵は未知のバケモノだが、一般人よりは高い戦力になると期待できる。

「違うよ。あの鎖が刺さった場所に、僕と……兄さんで調査に向かったんだ。そしたら、なんて言うのかな……見たこともないバケモノが居たんだ」

「バケモノ?」

「うん。爪が長くて紫色の体をしてて……とにかく恐ろしい奴らなんだ。今はまだ兄さんが戦って抑えてくれてるけど、素手で何とかなるような相手じゃなさそうなんだよ」

 ハルの話を聞いた二人は、見るからに怪訝そうな顔をした。混乱したハルが変なことを言っているのではないかと、その疑いを持っていた為である。

「とにかく、兄さんが危ないんだ。手伝ってくれないか?」

協力を求められ、二人はさらに顔をしかめる。

「頼むよ、このままじゃ兄さんが!」

「あのな、ハル。その話が本当だとして、タヂカラんとこ行ったら俺らもバケモンと戦わなきゃならねぇんだろ?」

「え? そう、だけど」

「ならお断りだ。んな恐ろしい事が出来るか」

「俺も行かねぇぞ。死にたくねぇからな」

「そんな……兄さんが死ん──」

「俺たちは死んでもいいってのかよ?」

 しつこいなと、男は食い気味にハルの言葉を遮った。その顔からは、怒りに混じった恐怖が感じられる。

「……分かった。僕一人でも行く!」

 頼れないと分かったハルは、掘削道具たちを持ち直して鎖方面へ走り出した。

「おいハル! お前もやられちまうぞ!」

「だからって、兄さんを見殺しには出来ないよ!」

 祖父母と父が死んだ今、遺されたのは母とタヂカラの二人のみ。これ以上、家族を亡くすのはごめんだと、彼は必死に走った。

◇◇◇

 ──トリシュヴェア近郊、鎖の麓

「兄さん!」

「お、おう、戻ったかハル」

見ると、体についた傷が何ヶ所も増えていた。対して、バケモノの数は一匹も減っていない。

「無事……ではないけど、良かった」

「助かったぜ。奴ら、ぶん殴ったくらいじゃちっとも堪えねぇんだ」

 ツルハシを受け取りながら、ハルが来た方向を見る。応援要請がかなっていない事を察した為である。

「ごめん。バケモノの話をすると、みんなビビって来てくれないんだ」

「……ま、仕方ないさ」

諦観した様に視線をバケモノに戻す。

《グギャギャガ!》

 何度目かも分からぬ威嚇。もう見慣れたタヂカラは臆することなく、再びバケモノへと立ち向かった。

◇◇◇

 月が落ち、大地に鎖が刺さってから数日後。

「ハル、ちょっくら出てくる」

「はいよ。……ねぇ、兄さん」

「なんだ?」

「この所、毎日出かけてるよね? 何処に行ってるの?」

 水瓶と数本のツルハシだけを持って、あの日以来、毎日外出をするタヂカラ。兄はいったい何処で何をしているのか。そんな疑問を、ハルは遂に吐露したのである。

「何処って……まあ、大事な仕事にだ」

「仕事……? ツルハシだけ──」

「ハル」

「……なに?」

「俺の事は気にすんな。お前は、じいちゃんとオヤジの仕事に集中しろ」

「それは……もちろんだけどさ」

「もともと、目立つのがあんまし好きじゃなくてな。代わりと言っちゃなんだが、地味な裏方の仕事は俺が引き受ける。だから、お前は何も気にせずそっちをやれ」

タヂカラは外の方向を見たまま、弟に言葉を返す。その間、ハルの目を見ることは無かった。

「んじゃ、行ってらぁ」

「……うん、行ってらっしゃい」

 無言で、やはり背を向けたままタヂカラは歩き出した。左手を肩ほどの高さまで挙げて振る。

──兄さん

 彼からは見えないと分かっていたが、ハル手を振り返した。

──死ぬなよ

◇◇◇ ◇◇◇
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