天ノ恋慕(改稿版)

ねこかもめ

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第4章 : 責務

大きな右手

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◇◇◇

 やめろやめろと照れ隠しをしながら、タヂカラ邸への帰還を目指して歩む。力を覚醒した反動により、時折、千鳥足になるタヂカラ。

──すごい体力だな

 自身やポリアの覚醒時が思い返された。ふらふらすると言った域ではない。膝から崩れたり意識を無くしたり、それなりの代償があったものだが、タヂカラは終始自らの足で歩いていた。

「あれ? なんか人が集まってますよ」

 市街地に入った頃、ユウキは進行方向に人混みを発見。

──なんだか、平和な空気感だ

 焦燥や危機ではなく、何か一仕事終えたような雰囲気が漂う。その中にハルを発見し、タヂカラを先頭にして彼の元へ歩み寄る。

「おかえり、兄さん」

「ああ……ハル、こりゃどう言う状況だ?」

「兄さん達が鎖に行っている間、バケモノの襲撃があったんだ」

 ツルハシやシャベルが散乱しているのが見て取れる。体に傷のある者も居る為、ハルの言葉には信憑性があった。

「でも大丈夫。みんなが手伝ってくれたから、トリシュヴェアは無事だよ」

「お前たち……どうして……」

 なぜ逃げなかったのだと。なぜ守る責任を背負ったのだと。訊きたい事がいくつもあったタヂカラは、言葉を詰まらせた。

「タヂカラ、俺たちはお前に謝らなきゃなんねぇ」

「……謝る?」

 ハルの隣に居た男を皮切りに、戦いに参加していた住民や見ていた者達が次々に頭を下げ始めた。

「お、おい、やめ──」

「済まなかった、タヂカラ。全部、ハルから聞いたよ」

「……」

「あの日から、お前が一人でここを守ってたんだってな。それなのに……何も知らねぇで俺たちは──」

「いいんだ、そんなこと」

 涙ながらに謝罪を続ける男の言葉は遮られた。同じく涙目の大男は、弟を含む住民たちに向かって言う。

「俺はさ、卑怯者なんだ。最初にオヤジ達の背負った責任から逃げたのは、事実だしな」

──タヂカラさん……

「そこにバケモノ共が現れて……チャンスだと思ったのさ。これで、俺はここを守ってんだと言い張れる……って。だから手柄を独り占めして……笑えよ、とんだ卑怯者だろ?」

──嘘だ

──そんな事のために命をかけられる人は居ない

──それに、守護者と戦っていた時の言葉は間違いなく本物だった

 タヂカラは天を仰ぐ。そんな彼に、一人の男が疑問を呈した。

「だったら何で」

「……?」

「何でお前は、その人たちの申し出に乗った?」

「……なに?」

「一人で戦って手柄を独り占めして、それで俺らに自分を誇示したいだけだってんなら、鎖を壊すのは悪手のはずだろ?」

 鎖は一連の出来事の象徴だ。月が落ち、それが大地に刺さった事で人々は恐怖した。タヂカラの本心が自己顕示なのであれば、鎖の破壊は目的とは相反する行動だ。

「……なんで、だろうな」

 鎖のなくなった空を眺める。久しぶりに見る純な夕空は、その場の誰にとっても美しく感じられた。

「俺からも一つ、言いてぇ事がある」

視線を空から落とし、トリシュヴェアの人々やユウキらの方へ。

「急だがよ、俺はちぃとばかし、旅に出たい。遊びに行くんじゃねぇぞ? 他の国を見て勉強すんだ。トリシュヴェアを、もっといい場所にする為にな」

「兄さん……」

 嬉しさと寂しさが半分ずつ混じった表情で、ハルは兄の言葉を聞く。兄が初めて、自分のやりたい事を吐露した瞬間であった。

「悪いがアニキ、俺も旅に同行させちゃくれねぇか? もちろん、残りの鎖をぶっ壊す手伝いはする」

「えっと……」

「いいんじゃない? 賑やかになって」

「賑やか要員は桜華さんで間に合ってますが」

「は?」

「ユウキ君の旅なんだし、貴方が決めるといいわ」

 タヂカラの申し出を承認するか、否か。その選択を迫られたユウキは俯いて思案する。

──タヂカラさんが、僕らについて来る

 その事に関して嫌な気はしていない。むしろ、戦力の増強は歓迎されるものだ。

──けど、タヂカラさんはここを守ってたんだよね?

 バケモノからトリシュヴェアを防衛していたタヂカラが、居なくなる。それが何を引き起こすか考えると、彼には躊躇いが生じた。

──タヂカラさんが居なくなったら……

 トリシュヴェアの防衛は、どうなるのだと。その不安があったユウキは、顔を上げて住民らの姿を見た。

 汗を流す者。傷付いた者。息をきらす者。余裕そうな者。様子は十人十色だが、誰にも共通して絶望を抱いていない。

──いや、杞憂だった……かな

 現に、彼らはタヂカラが不在の間に防衛を成し遂げている。トリシュヴェアの心配をする必要は無さそうであった。

「タヂカラさん、是非、お願いします」

小さな右手を出す。

「おう。よろしくな、アニキ!」

それを、大きな右手が握った。
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