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1巻
1-3
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ミランダに手渡された籠を胸に抱き、ルイーゼは頭を下げる。
昨日は外にいる騎士の一人が見張り役だった。もちろん入浴中は仕切りで見られないようになっているが、薄い壁を挟んだ向こうに男性がいる状況は精神上よろしくない。
今日からはミランダが見張り役をしてくれるので、ルイーゼは安心して入浴を済ませた。
――いつもなら入浴後、そのまま流れで祈りを捧げることにしている。
無意識のうち祈りの動作に入ろうとしていたルイーゼだったが、ミランダに首根っこを掴まれて中断させられる。
「何やってるんだい。こっちに来な」
「……あ」
鏡台の前にすとんと座らされ、ほどよい硬さのブラシで髪を梳いてもらう。
規則正しいリズムで髪の隙間を流れる感触が心地いい。
(まただ。また祈ろうとしちゃった)
身に染みついた習慣は「やらないといけない」というより、「やらなければ気持ち悪い」レベルになっている。現に今も、ルイーゼの胸の中では違和感が渦巻いている。
「そんなに祈ることが大事なのかい」
「はい。国を守護するのが私の使命ですから」
正直に言うと、感情に任せて祈りを止めた現状を少し後悔している。
冷静さを欠いた状態で思いついた案が最善策なんて、あるはずがない。
そんなことが可能なのは物語の中の主人公だけだ。
ルイーゼが自分自身で考えた行動で、上手に事が運んだ記憶はない。
今回だってそうだ。
祈りを止めればどうなるのか。他の誰も知らなくても、自分だけは知っている。
魔物たちは人畜無害の皮を被っているだけだ。魔窟の影響を受ければ元の凶暴さを取り戻す。
どれだけの人が傷付くだろう。ルイーゼは怒りに駆られるあまり、最前線で魔物と接する人々のことをまるで考えていなかった。
もっと他にいいやり方があったのではないかと、自問自答するばかりだ。
教主を呼んで対処してもらう。それこそがあの場においての『最善』だったのではないか――今ではそう考えている。
(教主様なら、もっといい方法を考えてくれていたはず)
考えないようにと思考に蓋をしていたのに――ミランダの何気ない質問から、次々に悪い想像が駆け巡る。
聖女という肩書きがなければルイーゼはただの世間知らずで、誰かに言われなければ正しい道を選ぶこともできない小娘に過ぎない。
「ほら、終わったよ」
「ありがとうございます、ミランダさん」
「仕事でやってるんだ。礼なんざいらないさ」
二人で下りてきた階段を上りながら、ルイーゼは決心する。
今ならまだ間に合う――と。
▼
「アンタ。ちょいとツラ貸しな」
部屋に戻るなり、ミランダはアーヴィングを呼び出した。
二人はニックに選ばれて派遣されたが、これまでに面識はない。
唯一分かるのは、聖女反対派だということだけ。
王宮の食堂で働いていただけの自分と違い、アーヴィングはいろいろ知っているはずだ。
「単刀直入に聞くよ。あの子は一体なんなんだい?」
「なんだと言われても、聖女としか」
「あんなヒョロヒョロの子供がかい?」
聖女ルイーゼの年齢は二十だという。元々が童顔ということを差し引いても、小さすぎる。
身長だけではない。肌は色を失い、筋肉は痩せ衰え、髪は艶がなく、抜け毛も多い。
ミランダの見立てでは少なくとも数か月――いや、数年は劣悪な食生活を送っている。
身体のあちこちが悲鳴をあげているのに、本人はそれに全く気付いていない。
身体に痣こそなかった――入浴の際、こっそりと肌を見せて貰った――が、ルイーゼが置かれている境遇は虐待のそれだ。
「見た目に気を遣って、無理な減量をしているだけだろう。聖女がぶくぶくと太っていては示しがつかない」
「ナメんじゃないよ。アタシの目は節穴じゃない」
とぼけたようなアーヴィングの物言いに、ミランダは視線を鋭くする。
彼女はかつて孤児院を経営していたことがある。平和な国とはいえ、望まぬ境遇に生まれた子供は一定数いる。
度を超えた体罰を行う親。何日も食事を抜く親。子供のすべてに無関心な親。
そんな子供たちを何人も保護し、育ててきた。
だからこそ、ルイーゼがこれまでどう過ごしてきたかはすぐに分かった。
「本物の聖女がどこかに逃げていて、あの子は身代わりなんじゃないだろうね?」
「いいや。断言するが、あいつは本物の聖女だ」
「だったらなおのこと問題だろう」
本物の聖女が時間稼ぎにルイーゼを寄越したというなら話は早い。逃げ回る聖女を追いかけて捕まえれば大団円だ。
――でも、そうでないなら?
問題があるのは聖女ではなく、ルイーゼを庇護している教会ということになる。
ミランダを含めた多くの国民が思い描いている聖女は、効果のない祈りを行い国から大金をせしめる稀代の悪女だ。
その前提が崩れるとなれば、魔窟を封じる祈りが眉唾という話も怪しく思えてしまう。
「アンタも何かおかしいとは思わないのかい?」
「……」
アーヴィングはミランダの問いかけに何も答えなかった。
「はん。見上げた愛国心だね。反吐が出るよ」
言ってからすぐ、彼を責める資格などないことを自覚する。
ミランダもずっと、聖女を憎んでいたからだ。
なんの疑問も持たず、誰かが作った聖女像をそのまま鵜呑みにしていた。
ほんの少し言葉を交せば、世間で流れている聖女の話が嘘だということは明らかだ。
それほどにルイーゼは純粋な目をしている。
聖女の力を信じた訳ではないが、ミランダはもうルイーゼに悪感情を向けるつもりはない。
「アタシはあの子につくよ。上に密告するかい?」
「お前が仕事を放棄するというなら交代を頼むが、そうでないなら報告することなどない。聖女に対して何を思おうが自由だ」
ミランダの仕事は食事を作ること。これさえ守っていれば、彼は何もする気はないようだ。
「一応言っておく。あいつを連れて逃げようだなんて考えるなよ」
「ンなことするわけないだろう。アンタこそ、妙な真似をするんじゃないよ」
「……俺の仕事はあいつの世話。それだけだ」
視線を逸らすアーヴィング。
ミランダは彼が、何か隠し事をしていると直感した。
ニックは自分の利になることには驚くほど知恵が回る。あらゆる事態を想定し、何重にも策を練っていると見て間違いない。
アーヴィングはそのうちの一つだろう。
なんらかの理由で一週間待てなくなった時、「自分は聖女じゃないという旨の発言をしていた」とでも言わせれば、即座に勝負を終わらせることができる。
世話係とはよく言ったもので、その実態は監視役――或いは、ルイーゼが不利になるように調整する『仕掛け役』だろう。
そうでなければ、女の世話を男にさせるはずがない。
(よくもいけしゃあしゃあと「世話するのが仕事」なんて言えたもんだ)
アーヴィングの済ました顔に一発拳を叩き込みたい衝動を、ぐっ、と堪える。
「そこまで馬鹿じゃないよ。ただアンタがあの子に何かしたら――さすがに黙っちゃいないよ」
「お前が騒ぎを起こさなければ俺も何もしない。それでいいか?」
「ああ。今の言葉、忘れるんじゃないよ」
「話は終わりか。なら俺は戻るぞ」
ニックの命令があるまで何もしない。それは承知しているが、年頃の男女がひとつ屋根の下だ。
杞憂とは知りつつ、ミランダは念のために追加で釘を刺しておいた。
「アンタ、あの子が可愛いからって妙な気を起こすんじゃないよ」
「……くだらん。そんな心配は無用だ」
▼
(なんの話をしてるんだろう)
ミランダとアーヴィングが一緒に部屋を出てから、十五分が経過していた。
気になって壁に耳を当てていたが、話し声は全く聞こえない。
諦めて部屋の角に座り込んでいると、ほどなくしてアーヴィングだけが戻ってきた。
「おかえりなさい。ミランダさんは?」
「詰め所に戻った」
それだけ言って、定位置に片膝を立てて腰を下ろす。
「あの、アーヴィングさん」
「なんだ」
「もしかして、夜もここに居るんですか?」
「当たり前だ」
(それはちょっと嫌だなぁ……)
これでもルイーゼは年頃の女性だ。男性と一緒の部屋というのはかなりの抵抗がある。
「俺だって我慢してるんだ。あと五日、お前も我慢しろ」
嫌がるルイーゼの心を見透かしたように、アーヴィングは諦めろとぶっきらぼうに告げた。
(そういう問題じゃないでしょう⁉)
その物言いに腹を立てつつ、なんとか心を静めながら話題を変更する。
「アーヴィングさん」
「なんだ」
あまり近付きすぎるとあからさまに睨んでくる――相当、嫌われているようだ――ので、ギリギリの距離を保ってからルイーゼは話しかけた。
「お願いがあるんです」
「欲しい物か。今日はもう用意できないが、それでも構わんのなら聞くだけ聞こう」
「物じゃなくて、会いたい人がいるんです」
魔法の登場により人は暗闇を退ける手段を得たが、やはり夜は暗い。室内にいくつも光源があるものの、昼よりもはっきりと濃い暗闇が部屋全体を染めていた。
闇の中に身体が半分隠れている彼に向かって、ルイーゼは頭を下げた。
「教主様に、会――」
「ダメだ」
まるで剣を振り下ろすように、アーヴィングはルイーゼの言葉をバッサリと切った。
それでもルイーゼは負けじと食い下がる。
「お願いします。どうしても彼に」
「くどい!」
「っ⁉」
アーヴィングは本当に剣を抜き放ち、ルイーゼの喉元に切っ先を突きつけた。
少しずつ――少しずつ、前進する。
剣に押されるようにルイーゼは後退し、ベッドの縁に足を引っかけてそのまま尻餅をついた。
「お前は自分の立場が分かっているのか?」
アーヴィングは眉間に皺を寄せ、犬歯をむき出しにして食ってかかる。
「ここに軟禁された理由は、あたかも祈りに効果があるような不正を働く間を与えないため――表向きはそうだ」
息も忘れてルイーゼは彼の話に聞き入った。
「ニック王子はお前に少しでも付け入る隙があれば、即座に追放するつもりだ。それなら一週間を待たずとも賭けに勝てるからな。教主に会いたいなんて、どう言い繕おうと『黒』と判断されるぞ」
「――っ」
「今の話は聞かなかったことにしておいてやる。早く寝ろ」
アーヴィングは剣を鞘に収め、再び定位置に戻――
「……まだ何か用か」
――ろうとしたところを、服の裾を掴んで止める。
「アーヴィングさんって、私のこと嫌いですよね」
「……俺は聖女否定派だ」
ぼんやりと思っていたことをはっきりと口に出され、ルイーゼの心がざわつく。
しかし、だとすれば彼の行動は矛盾している。
「私を追放する絶好のチャンスだったはず。どうしてそれを棒に振るんですか?」
聖女の存在を否定するなら、ルイーゼが教主と会いたいと言った瞬間に追放できたはずだ。
ひょっとしたら、彼は――
「……俺が実はいい人、などとくだらん勘違いをしてくれるなよ」
ルイーゼの小さな手を振り払い、アーヴィングは背を向けた。
「俺は、俺の仕事をするだけだ。さっさと寝ろ」
「……はい」
三日目
朝が来た。前日に何があろうと、何時に寝ようとこの時間になると必ず目が開く。
眠気はない。すぐさまベッドから起き上がり、軽く伸びをしながら身体をほぐす。
(――祈らないと)
ルイーゼの頭の中は、起きた瞬間からそれのみを考えている。
目覚めと共に祈り、祈った後に眠る。そんな生活を、彼女はこの七年間ずっと続けてきた。それはこれからも終わることはない。死の直前まで、聖女は祈り続ける。
服のボタンに手を掛け、二つほど外したところで、コツンと額を押される。
「おい」
顔を上げると、微妙に視線を逸らしたアーヴィングがいた。
「あ……おはようございます」
「あ、じゃない。脱ぐな」
「……へ? ひあぁ⁉」
慌てて胸元を隠す。
(わ……私、アーヴィングさんがいるのに脱ごうとしてた⁉)
アーヴィングは顔を逸らしていたものの、角度的には見えていてもおかしくはない。
あのまま声をかけられていなかったらと思うと――羞恥で頬が熱くなり、耳が痛くなる。
彼はルイーゼの額を小突いたのち、昨日と同じ位置、同じ姿勢で壁にもたれかかった。
「もしかしてずっと、その状態でいたんですか?」
「ああ」
「わ、私の寝顔……見ました?」
ルイーゼは聖女だが、中身は極めて一般的な少女――そう呼べる年齢ではないが、どうしても少女としか呼べない――でもある。感性も至って普通だ。
昨日は雰囲気に押されてベッドに潜り込んだが、初対面の男の前で寝るなどあり得ないことだ。そんな彼女の心配を、アーヴィングは鼻で笑った。
「見るわけないだろうが」
「……うっ」
『これっぽっちも興味ありません』とでも言わんばかりの刺々しい言葉遣い。
『じっくり堪能させてもらったぜ、ヘヘヘ』と言われるよりはましだが、これはこれで腹が立つ。
(やっぱりこの人、苦手!)
ルイーゼはすぐさま部屋の角に移動し、いじけた。
無心でいじけと瞑想を交互に行っていると、あっという間に食事の時間がやってきた。
「失礼するよ」
「ミランダさん。おはようございます」
「ああ。おはようルイーゼ」
ミランダは一度も言わなかったルイーゼの名前を呼び、頭に優しく手を置いた。
「昨日はいろいろとすまなかったね。アンタのことを誤解していたよ」
「え?」
困惑するルイーゼに対し、詳しい説明はないまま、ミランダはバスケットを机に置いた。中身はまだ布に包まれた状態で、開こうとしない。
「さて。今日から食事前に少しだけ運動しようか」
「運動……ですか?」
「ああ。食事がよりおいしくなるよう、軽く身体を動かすのさ」
ミランダは腕を組んで、不敵に笑った。
「――はい、今日はこのくらいにしとこうか」
「……」
ルイーゼは返事もできず、床の上にだらりと這いつくばった。
(何が『軽い運動』よ……)
ミランダの主観ではそうなのかもしれない。しかし、日頃は身体を動かさない生活を送るルイーゼにとっては、呼吸すら億劫になるほどの運動だった。
文句の一つでも言いたいところだが、そんな元気すらも消失していた。床に敷かれた絨毯が、まるでベッドのシーツであるかのようにルイーゼの意識を沈めていく。
「こら、寝るんじゃないよ」
ルイーゼの身体がひょいと持ち上がり、椅子に座らされる。
ミランダが開いたバスケットの中身は、サンドウィッチだった。一つ一つにいろいろな具材が盛り込まれていて、断面からそれらが顔を覗かせている。
運動中は腹の中が気持ち悪くて食事を遠慮しようかと思っていたが、色鮮やかなサンドウィッチを見た途端、強い空腹を感じた。
食前の祈りすらもどかしく思えるほどだ。
「いただきます」
両手を合わせた後、すぐさまルイーゼはハムとレタスのサンドウィッチを口に頬張った。
「おいしいっ」
レタスの新鮮なシャキシャキ感。ハムがもたらす適度な塩気。それらを包む柔らかいパン。それらが互いを損なうことなく味を主張し、口の中が幸福で満たされていく。
ルイーゼの感想に満足そうな笑みを浮かべたミランダは、もう一つのバスケットを机に置いた。
この期間中は彼女もルイーゼに合わせて食事をする、とのことだ。
さらにミランダはバスケットの中身をより分け、アーヴィングの前に置いた。
「なんだ? これは」
「アンタの分だ。昨日からロクなもん食べてないだろう?」
「……フン。言っておくが、こんな物で絆そうとしても」
「ンなこと考えちゃいないよ。一人二人増えたって作る手間は変わりゃしないんだ」
ミランダは席に戻り、食前の祈りも飛ばして自分のサンドウィッチに手を伸ばした。ルイーゼが何口も分けて食べていたそれを、ほんの二口ほどで平らげてしまう。
「いらないんならそのまま置いときな。小腹が空いた時に食べちまうから」
「……」
アーヴィングはしばらく迷っていたが、やがて目を閉じ、小さく何かを呟いた。あれが彼なりの食事前のお祈りらしい。
もそもそと小さなバスケットからサンドウィッチを取り出し、口へ運ぶ。
その所作は洗練されていて、かつ堂々としている。格好を変えれば名のある貴族と言っても十分に通じるだろう。
「……うまいな」
「ホントにそう思ってんのかい」
ピクリとも顔を動かさないアーヴィングに、ミランダは鼻を鳴らした。
「あはは……ところでミランダさん」
「なんだい?」
「あの運動なんですけど、毎朝やるんですか?」
「そんなワケないじゃないか」
ぶんぶんと手を横に動かすミランダに、ルイーゼは胸を撫で下ろした。
たった一回で全身が軋んでいるのに、あれを毎朝やれと言われたら倒れてしまう。
さすがにそこまではしないか――と安心したのも束の間。
「毎朝じゃなく、毎食前にやるんだよ」
「……へ? つ、つまり」
「次の食事の前にも、同じメニューで運動してもらう。大丈夫、すぐに慣れるさ」
曇りなき笑顔で親指を立てるミランダに目眩を感じ――ルイーゼは机に突っ伏した。
封印、第二段階――解除。
▼
日が替わろうと月が替わろうと、冒険者がやることに変わりはない。
今日も今日とて、日銭を稼ぐためギルドへ向かうエリックとピア。
最近は全くいい依頼を取れていない状態が続いていた。そろそろ稼げる依頼に当たらなければ懐具合が厳しくなる――そんな思いが通じたのだろうか。
激しい競争の中でエリックが手にしたのは、夢にまで見たスライムの討伐だった。
「やった……やったぞぉ!」
「もうエリック、叫びすぎ」
手放しで喜ぶエリックとは対照的に、ピアは少しだけ不安そうな顔を覗かせた。
「でも大丈夫かな? 昨日、スライム討伐に行った人が酷い目に遭ってたじゃない」
「たまたまじゃないか?」
楽観視するエリックとは裏腹に、ピアは眉根を寄せる。
「念のために道具を揃えて行かない?」
「スライムごときで何ビビッてんだよ」
最弱の魔物がいくら束になったところで負けるはずがない。
「大丈夫! 何があっても俺が守ってやるよ」
「とか言って、初めてオークを狩った時は真っ先に逃げたじゃない」
「……人は成長するもんだ」
明後日の方向に目を向けて批難の視線を回避しながら、エリックはすたすたと先に進んだ。
王都から出ると、ピアは決まって教会の方へ一礼する。
聖女へ、無事に依頼が終わるようにと願いを込めているそうだ。
「インチキ聖女なんかに祈ったって同じだぞ」
「インチキなんかじゃないわ。聖女様の力は本物なんだから!」
ピアはかつて、その力を目の当たりにしたことがあるという。
遡ること十か月前、まだ二人が王国に来て間もない頃だ。
たまたま彼女が教会の近くを通りかかると、ちょうど居住区に戻ろうとする聖女を見かけた。
彼女は翼を怪我して地面でもがいていた鳥を、歌を口ずさむだけで治したという。
もともと信仰心の厚いピアはそれ以来、聖女を神聖視するようになった。
「そういえば知ってる? 聖女様、一昨日王宮に呼び出されてからお姿が見えないらしいのよ」
「なんでそんなこと知ってんだよ」
「情報屋さんに聞いたの」
エリックたちには、普段よくしてもらっている情報屋――通称、おっさん――がいる。
安い酒を奢るだけで下級の情報を、そして機嫌がいい時は上級の情報も教えてくれる。
見た目はとんでもなくうさんくさいが、彼の情報には何度も助けられてきた。
情報屋は金に意地汚く、駆け出し冒険者を相手にしないのが普通だが、なぜかその情報屋は彼らの世話をよく焼いてくれる。
昨日は外にいる騎士の一人が見張り役だった。もちろん入浴中は仕切りで見られないようになっているが、薄い壁を挟んだ向こうに男性がいる状況は精神上よろしくない。
今日からはミランダが見張り役をしてくれるので、ルイーゼは安心して入浴を済ませた。
――いつもなら入浴後、そのまま流れで祈りを捧げることにしている。
無意識のうち祈りの動作に入ろうとしていたルイーゼだったが、ミランダに首根っこを掴まれて中断させられる。
「何やってるんだい。こっちに来な」
「……あ」
鏡台の前にすとんと座らされ、ほどよい硬さのブラシで髪を梳いてもらう。
規則正しいリズムで髪の隙間を流れる感触が心地いい。
(まただ。また祈ろうとしちゃった)
身に染みついた習慣は「やらないといけない」というより、「やらなければ気持ち悪い」レベルになっている。現に今も、ルイーゼの胸の中では違和感が渦巻いている。
「そんなに祈ることが大事なのかい」
「はい。国を守護するのが私の使命ですから」
正直に言うと、感情に任せて祈りを止めた現状を少し後悔している。
冷静さを欠いた状態で思いついた案が最善策なんて、あるはずがない。
そんなことが可能なのは物語の中の主人公だけだ。
ルイーゼが自分自身で考えた行動で、上手に事が運んだ記憶はない。
今回だってそうだ。
祈りを止めればどうなるのか。他の誰も知らなくても、自分だけは知っている。
魔物たちは人畜無害の皮を被っているだけだ。魔窟の影響を受ければ元の凶暴さを取り戻す。
どれだけの人が傷付くだろう。ルイーゼは怒りに駆られるあまり、最前線で魔物と接する人々のことをまるで考えていなかった。
もっと他にいいやり方があったのではないかと、自問自答するばかりだ。
教主を呼んで対処してもらう。それこそがあの場においての『最善』だったのではないか――今ではそう考えている。
(教主様なら、もっといい方法を考えてくれていたはず)
考えないようにと思考に蓋をしていたのに――ミランダの何気ない質問から、次々に悪い想像が駆け巡る。
聖女という肩書きがなければルイーゼはただの世間知らずで、誰かに言われなければ正しい道を選ぶこともできない小娘に過ぎない。
「ほら、終わったよ」
「ありがとうございます、ミランダさん」
「仕事でやってるんだ。礼なんざいらないさ」
二人で下りてきた階段を上りながら、ルイーゼは決心する。
今ならまだ間に合う――と。
▼
「アンタ。ちょいとツラ貸しな」
部屋に戻るなり、ミランダはアーヴィングを呼び出した。
二人はニックに選ばれて派遣されたが、これまでに面識はない。
唯一分かるのは、聖女反対派だということだけ。
王宮の食堂で働いていただけの自分と違い、アーヴィングはいろいろ知っているはずだ。
「単刀直入に聞くよ。あの子は一体なんなんだい?」
「なんだと言われても、聖女としか」
「あんなヒョロヒョロの子供がかい?」
聖女ルイーゼの年齢は二十だという。元々が童顔ということを差し引いても、小さすぎる。
身長だけではない。肌は色を失い、筋肉は痩せ衰え、髪は艶がなく、抜け毛も多い。
ミランダの見立てでは少なくとも数か月――いや、数年は劣悪な食生活を送っている。
身体のあちこちが悲鳴をあげているのに、本人はそれに全く気付いていない。
身体に痣こそなかった――入浴の際、こっそりと肌を見せて貰った――が、ルイーゼが置かれている境遇は虐待のそれだ。
「見た目に気を遣って、無理な減量をしているだけだろう。聖女がぶくぶくと太っていては示しがつかない」
「ナメんじゃないよ。アタシの目は節穴じゃない」
とぼけたようなアーヴィングの物言いに、ミランダは視線を鋭くする。
彼女はかつて孤児院を経営していたことがある。平和な国とはいえ、望まぬ境遇に生まれた子供は一定数いる。
度を超えた体罰を行う親。何日も食事を抜く親。子供のすべてに無関心な親。
そんな子供たちを何人も保護し、育ててきた。
だからこそ、ルイーゼがこれまでどう過ごしてきたかはすぐに分かった。
「本物の聖女がどこかに逃げていて、あの子は身代わりなんじゃないだろうね?」
「いいや。断言するが、あいつは本物の聖女だ」
「だったらなおのこと問題だろう」
本物の聖女が時間稼ぎにルイーゼを寄越したというなら話は早い。逃げ回る聖女を追いかけて捕まえれば大団円だ。
――でも、そうでないなら?
問題があるのは聖女ではなく、ルイーゼを庇護している教会ということになる。
ミランダを含めた多くの国民が思い描いている聖女は、効果のない祈りを行い国から大金をせしめる稀代の悪女だ。
その前提が崩れるとなれば、魔窟を封じる祈りが眉唾という話も怪しく思えてしまう。
「アンタも何かおかしいとは思わないのかい?」
「……」
アーヴィングはミランダの問いかけに何も答えなかった。
「はん。見上げた愛国心だね。反吐が出るよ」
言ってからすぐ、彼を責める資格などないことを自覚する。
ミランダもずっと、聖女を憎んでいたからだ。
なんの疑問も持たず、誰かが作った聖女像をそのまま鵜呑みにしていた。
ほんの少し言葉を交せば、世間で流れている聖女の話が嘘だということは明らかだ。
それほどにルイーゼは純粋な目をしている。
聖女の力を信じた訳ではないが、ミランダはもうルイーゼに悪感情を向けるつもりはない。
「アタシはあの子につくよ。上に密告するかい?」
「お前が仕事を放棄するというなら交代を頼むが、そうでないなら報告することなどない。聖女に対して何を思おうが自由だ」
ミランダの仕事は食事を作ること。これさえ守っていれば、彼は何もする気はないようだ。
「一応言っておく。あいつを連れて逃げようだなんて考えるなよ」
「ンなことするわけないだろう。アンタこそ、妙な真似をするんじゃないよ」
「……俺の仕事はあいつの世話。それだけだ」
視線を逸らすアーヴィング。
ミランダは彼が、何か隠し事をしていると直感した。
ニックは自分の利になることには驚くほど知恵が回る。あらゆる事態を想定し、何重にも策を練っていると見て間違いない。
アーヴィングはそのうちの一つだろう。
なんらかの理由で一週間待てなくなった時、「自分は聖女じゃないという旨の発言をしていた」とでも言わせれば、即座に勝負を終わらせることができる。
世話係とはよく言ったもので、その実態は監視役――或いは、ルイーゼが不利になるように調整する『仕掛け役』だろう。
そうでなければ、女の世話を男にさせるはずがない。
(よくもいけしゃあしゃあと「世話するのが仕事」なんて言えたもんだ)
アーヴィングの済ました顔に一発拳を叩き込みたい衝動を、ぐっ、と堪える。
「そこまで馬鹿じゃないよ。ただアンタがあの子に何かしたら――さすがに黙っちゃいないよ」
「お前が騒ぎを起こさなければ俺も何もしない。それでいいか?」
「ああ。今の言葉、忘れるんじゃないよ」
「話は終わりか。なら俺は戻るぞ」
ニックの命令があるまで何もしない。それは承知しているが、年頃の男女がひとつ屋根の下だ。
杞憂とは知りつつ、ミランダは念のために追加で釘を刺しておいた。
「アンタ、あの子が可愛いからって妙な気を起こすんじゃないよ」
「……くだらん。そんな心配は無用だ」
▼
(なんの話をしてるんだろう)
ミランダとアーヴィングが一緒に部屋を出てから、十五分が経過していた。
気になって壁に耳を当てていたが、話し声は全く聞こえない。
諦めて部屋の角に座り込んでいると、ほどなくしてアーヴィングだけが戻ってきた。
「おかえりなさい。ミランダさんは?」
「詰め所に戻った」
それだけ言って、定位置に片膝を立てて腰を下ろす。
「あの、アーヴィングさん」
「なんだ」
「もしかして、夜もここに居るんですか?」
「当たり前だ」
(それはちょっと嫌だなぁ……)
これでもルイーゼは年頃の女性だ。男性と一緒の部屋というのはかなりの抵抗がある。
「俺だって我慢してるんだ。あと五日、お前も我慢しろ」
嫌がるルイーゼの心を見透かしたように、アーヴィングは諦めろとぶっきらぼうに告げた。
(そういう問題じゃないでしょう⁉)
その物言いに腹を立てつつ、なんとか心を静めながら話題を変更する。
「アーヴィングさん」
「なんだ」
あまり近付きすぎるとあからさまに睨んでくる――相当、嫌われているようだ――ので、ギリギリの距離を保ってからルイーゼは話しかけた。
「お願いがあるんです」
「欲しい物か。今日はもう用意できないが、それでも構わんのなら聞くだけ聞こう」
「物じゃなくて、会いたい人がいるんです」
魔法の登場により人は暗闇を退ける手段を得たが、やはり夜は暗い。室内にいくつも光源があるものの、昼よりもはっきりと濃い暗闇が部屋全体を染めていた。
闇の中に身体が半分隠れている彼に向かって、ルイーゼは頭を下げた。
「教主様に、会――」
「ダメだ」
まるで剣を振り下ろすように、アーヴィングはルイーゼの言葉をバッサリと切った。
それでもルイーゼは負けじと食い下がる。
「お願いします。どうしても彼に」
「くどい!」
「っ⁉」
アーヴィングは本当に剣を抜き放ち、ルイーゼの喉元に切っ先を突きつけた。
少しずつ――少しずつ、前進する。
剣に押されるようにルイーゼは後退し、ベッドの縁に足を引っかけてそのまま尻餅をついた。
「お前は自分の立場が分かっているのか?」
アーヴィングは眉間に皺を寄せ、犬歯をむき出しにして食ってかかる。
「ここに軟禁された理由は、あたかも祈りに効果があるような不正を働く間を与えないため――表向きはそうだ」
息も忘れてルイーゼは彼の話に聞き入った。
「ニック王子はお前に少しでも付け入る隙があれば、即座に追放するつもりだ。それなら一週間を待たずとも賭けに勝てるからな。教主に会いたいなんて、どう言い繕おうと『黒』と判断されるぞ」
「――っ」
「今の話は聞かなかったことにしておいてやる。早く寝ろ」
アーヴィングは剣を鞘に収め、再び定位置に戻――
「……まだ何か用か」
――ろうとしたところを、服の裾を掴んで止める。
「アーヴィングさんって、私のこと嫌いですよね」
「……俺は聖女否定派だ」
ぼんやりと思っていたことをはっきりと口に出され、ルイーゼの心がざわつく。
しかし、だとすれば彼の行動は矛盾している。
「私を追放する絶好のチャンスだったはず。どうしてそれを棒に振るんですか?」
聖女の存在を否定するなら、ルイーゼが教主と会いたいと言った瞬間に追放できたはずだ。
ひょっとしたら、彼は――
「……俺が実はいい人、などとくだらん勘違いをしてくれるなよ」
ルイーゼの小さな手を振り払い、アーヴィングは背を向けた。
「俺は、俺の仕事をするだけだ。さっさと寝ろ」
「……はい」
三日目
朝が来た。前日に何があろうと、何時に寝ようとこの時間になると必ず目が開く。
眠気はない。すぐさまベッドから起き上がり、軽く伸びをしながら身体をほぐす。
(――祈らないと)
ルイーゼの頭の中は、起きた瞬間からそれのみを考えている。
目覚めと共に祈り、祈った後に眠る。そんな生活を、彼女はこの七年間ずっと続けてきた。それはこれからも終わることはない。死の直前まで、聖女は祈り続ける。
服のボタンに手を掛け、二つほど外したところで、コツンと額を押される。
「おい」
顔を上げると、微妙に視線を逸らしたアーヴィングがいた。
「あ……おはようございます」
「あ、じゃない。脱ぐな」
「……へ? ひあぁ⁉」
慌てて胸元を隠す。
(わ……私、アーヴィングさんがいるのに脱ごうとしてた⁉)
アーヴィングは顔を逸らしていたものの、角度的には見えていてもおかしくはない。
あのまま声をかけられていなかったらと思うと――羞恥で頬が熱くなり、耳が痛くなる。
彼はルイーゼの額を小突いたのち、昨日と同じ位置、同じ姿勢で壁にもたれかかった。
「もしかしてずっと、その状態でいたんですか?」
「ああ」
「わ、私の寝顔……見ました?」
ルイーゼは聖女だが、中身は極めて一般的な少女――そう呼べる年齢ではないが、どうしても少女としか呼べない――でもある。感性も至って普通だ。
昨日は雰囲気に押されてベッドに潜り込んだが、初対面の男の前で寝るなどあり得ないことだ。そんな彼女の心配を、アーヴィングは鼻で笑った。
「見るわけないだろうが」
「……うっ」
『これっぽっちも興味ありません』とでも言わんばかりの刺々しい言葉遣い。
『じっくり堪能させてもらったぜ、ヘヘヘ』と言われるよりはましだが、これはこれで腹が立つ。
(やっぱりこの人、苦手!)
ルイーゼはすぐさま部屋の角に移動し、いじけた。
無心でいじけと瞑想を交互に行っていると、あっという間に食事の時間がやってきた。
「失礼するよ」
「ミランダさん。おはようございます」
「ああ。おはようルイーゼ」
ミランダは一度も言わなかったルイーゼの名前を呼び、頭に優しく手を置いた。
「昨日はいろいろとすまなかったね。アンタのことを誤解していたよ」
「え?」
困惑するルイーゼに対し、詳しい説明はないまま、ミランダはバスケットを机に置いた。中身はまだ布に包まれた状態で、開こうとしない。
「さて。今日から食事前に少しだけ運動しようか」
「運動……ですか?」
「ああ。食事がよりおいしくなるよう、軽く身体を動かすのさ」
ミランダは腕を組んで、不敵に笑った。
「――はい、今日はこのくらいにしとこうか」
「……」
ルイーゼは返事もできず、床の上にだらりと這いつくばった。
(何が『軽い運動』よ……)
ミランダの主観ではそうなのかもしれない。しかし、日頃は身体を動かさない生活を送るルイーゼにとっては、呼吸すら億劫になるほどの運動だった。
文句の一つでも言いたいところだが、そんな元気すらも消失していた。床に敷かれた絨毯が、まるでベッドのシーツであるかのようにルイーゼの意識を沈めていく。
「こら、寝るんじゃないよ」
ルイーゼの身体がひょいと持ち上がり、椅子に座らされる。
ミランダが開いたバスケットの中身は、サンドウィッチだった。一つ一つにいろいろな具材が盛り込まれていて、断面からそれらが顔を覗かせている。
運動中は腹の中が気持ち悪くて食事を遠慮しようかと思っていたが、色鮮やかなサンドウィッチを見た途端、強い空腹を感じた。
食前の祈りすらもどかしく思えるほどだ。
「いただきます」
両手を合わせた後、すぐさまルイーゼはハムとレタスのサンドウィッチを口に頬張った。
「おいしいっ」
レタスの新鮮なシャキシャキ感。ハムがもたらす適度な塩気。それらを包む柔らかいパン。それらが互いを損なうことなく味を主張し、口の中が幸福で満たされていく。
ルイーゼの感想に満足そうな笑みを浮かべたミランダは、もう一つのバスケットを机に置いた。
この期間中は彼女もルイーゼに合わせて食事をする、とのことだ。
さらにミランダはバスケットの中身をより分け、アーヴィングの前に置いた。
「なんだ? これは」
「アンタの分だ。昨日からロクなもん食べてないだろう?」
「……フン。言っておくが、こんな物で絆そうとしても」
「ンなこと考えちゃいないよ。一人二人増えたって作る手間は変わりゃしないんだ」
ミランダは席に戻り、食前の祈りも飛ばして自分のサンドウィッチに手を伸ばした。ルイーゼが何口も分けて食べていたそれを、ほんの二口ほどで平らげてしまう。
「いらないんならそのまま置いときな。小腹が空いた時に食べちまうから」
「……」
アーヴィングはしばらく迷っていたが、やがて目を閉じ、小さく何かを呟いた。あれが彼なりの食事前のお祈りらしい。
もそもそと小さなバスケットからサンドウィッチを取り出し、口へ運ぶ。
その所作は洗練されていて、かつ堂々としている。格好を変えれば名のある貴族と言っても十分に通じるだろう。
「……うまいな」
「ホントにそう思ってんのかい」
ピクリとも顔を動かさないアーヴィングに、ミランダは鼻を鳴らした。
「あはは……ところでミランダさん」
「なんだい?」
「あの運動なんですけど、毎朝やるんですか?」
「そんなワケないじゃないか」
ぶんぶんと手を横に動かすミランダに、ルイーゼは胸を撫で下ろした。
たった一回で全身が軋んでいるのに、あれを毎朝やれと言われたら倒れてしまう。
さすがにそこまではしないか――と安心したのも束の間。
「毎朝じゃなく、毎食前にやるんだよ」
「……へ? つ、つまり」
「次の食事の前にも、同じメニューで運動してもらう。大丈夫、すぐに慣れるさ」
曇りなき笑顔で親指を立てるミランダに目眩を感じ――ルイーゼは机に突っ伏した。
封印、第二段階――解除。
▼
日が替わろうと月が替わろうと、冒険者がやることに変わりはない。
今日も今日とて、日銭を稼ぐためギルドへ向かうエリックとピア。
最近は全くいい依頼を取れていない状態が続いていた。そろそろ稼げる依頼に当たらなければ懐具合が厳しくなる――そんな思いが通じたのだろうか。
激しい競争の中でエリックが手にしたのは、夢にまで見たスライムの討伐だった。
「やった……やったぞぉ!」
「もうエリック、叫びすぎ」
手放しで喜ぶエリックとは対照的に、ピアは少しだけ不安そうな顔を覗かせた。
「でも大丈夫かな? 昨日、スライム討伐に行った人が酷い目に遭ってたじゃない」
「たまたまじゃないか?」
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