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本編3
1話
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「私に、客?」
王宮から魔法使いの宿舎に派遣されている女官に来客を告げられて、フィオラ・クローチェは目を瞬いた。
フィオラの交友関係は狭い。ほとんどが魔法使いと騎士団関係者で完結している。
なので、外部からの客というのは珍しい――そして心当たりのないものだった。
真っ先に人違いの可能性を考えたが、間違いなく『魔法使いのフィオラ・クローチェ氏に会いたい』と言われたとのことだった。
かといって名前を聞いてみても、思い当たる人物は記憶にない。
フィオラに恩義があって会いたい、というようなことを言っていたらしいので、あるとすれば――。
(仕事の中で助けた形になった人物だろうか? それだとさすがに全員覚えているわけではないからな……)
とにかく、心当たりがあるにしろないにしろ、客が来ているというのならば会わなければならない。
やりかけの研究に後ろ髪を引かれながら、フィオラは件の客がいるという部屋へと向かったのだった。
* * *
(……ルカ?)
客が待つという部屋に入った瞬間、目に入った月の光を溶かしたような銀髪に、反射的に思う。
けれど、こちらを振り返った顔は、無論ルカのものではなく――。
(だが、色彩が似ている……?)
髪色だけではない。こちらをまっすぐに見つめる、眼鏡の向こうの瞳も、ルカとよく似た、薄い氷のような色をしている。
ルカを彷彿とさせる色彩を身に纏った青年は、すっと立ち上がった。その身体は細身で、そこは騎士として身体を鍛えているルカとは違う。
「来ていただけたんですね。――フィオラ・クローチェ魔法士」
「あ、ああ……。貴方が私を呼んだという……?」
「リト=メルセラと言います。わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」
(名前もここらの響きじゃない……だが、ルカの同郷、だなんて偶然があるとも思えないが)
それでもあまりに符号が合うため、可能性を捨てきれない。
それはともかくとして、問題は――。
「私に会いたいとのことだったが、私は貴方に覚えがない。一体何の用事だろうか」
そう、こうして相対してみて、確信を持った。
フィオラはこの人物と面識がない。あとは事前に予想していた、仕事の中で助けた形になった人物かもしれない、という線だが――。
(この男……魔法使いだ)
さすがに仕事中に出会った魔法使いなら覚えているはずだ。向こうがフィオラと出会った後に、魔法使いになった可能性もあるが。
「用事……そう、用事、ですね」
何かを確認するように、リト=メルセラと名乗った男は呟き、そうしておもむろにフィオラへ掌を向けた。
『縛』
「!?」
リトが聞きなれない響きの言葉を紡いだ瞬間、氷の鎖のようなものが現れ、フィオラを拘束する。
「何を――!?」
リト=メルセラが何をしようとしているかはわからないが、拘束された時点で、尋常じゃない目的であろうことはわかる。
フィオラは拘束を解くために魔法を使おうとし――編んだ術式に通そうとした魔力が乱れるのを感じた。
(『暴発』か――こんなときに!)
フィオラを捕えている鎖に作用するはずだった魔力は、フィオラの身体に作用する。それがもたらす己への変化に、フィオラは驚愕した。
(よりによって……!)
毎日行う姿変えの魔法のときに似た、それよりも長く、体の深くから変えられていく感覚。
その感覚を、フィオラは知っていた。同じように『暴発』したとき――そしてそれをきっかけに自らが作り出した魔法を使ったときに。
視界の高さが急激に変わる。幼き日の姿となったフィオラに一瞬緩んだ鎖は、けれどすぐにフィオラの変化に合わせて輪を縮めた。
(くそっ……!)
この姿では魔法を使えない以上、鎖が緩んだ瞬間だけが脱出の機会だったのに。
眼前では、リト=メルセラが目をわずかに見開いて、フィオラを凝視していた。
それを低い位置から見上げながら、フィオラはこの状況を打開する方法を模索するが、魔法が使えず、身体能力も常より低くなった状態で、できることなどこの状況を生み出した当人を睨みつけるくらいだった。
「……なんのつもりだ、リト=メルセラ!」
「それを説明するのに、この場所は適当じゃない」
先程相対した時の丁寧な口調は演技だったのか、ただ淡々と感情の薄い口調でリト=メルセラは言う。
「君には、来てもらわないとならない。――僕の目的のために」
また、リト=メルセラがフィオラに向かって掌を向けた。
『転移』
また聞きなれない響きの言葉を口にしたリト=メルセラと、その正面にいるフィオラの足元が歪んで、まるで沼のようになった地面が二人を飲み込んでいく。
鎖で動きを制限された中でもなんとかそこから抜け出そうともがくが、沼のような地面は広がるばかりで、抜け出すための地面がなくなっていく。
身体が沈むのに比例して強烈な眠気のようなものがフィオラの意識を闇に染めていき――抵抗が緩慢になった幼いその身体は、とぷりと地面に沈んだ。
それを見届けたリト=メルセラもまたとぷりと地面に沈んだ。それと同時に、部屋は元の様相を取り戻した。
確かにそこにいたはずの、二人の魔法使いの姿だけをなくして。
王宮から魔法使いの宿舎に派遣されている女官に来客を告げられて、フィオラ・クローチェは目を瞬いた。
フィオラの交友関係は狭い。ほとんどが魔法使いと騎士団関係者で完結している。
なので、外部からの客というのは珍しい――そして心当たりのないものだった。
真っ先に人違いの可能性を考えたが、間違いなく『魔法使いのフィオラ・クローチェ氏に会いたい』と言われたとのことだった。
かといって名前を聞いてみても、思い当たる人物は記憶にない。
フィオラに恩義があって会いたい、というようなことを言っていたらしいので、あるとすれば――。
(仕事の中で助けた形になった人物だろうか? それだとさすがに全員覚えているわけではないからな……)
とにかく、心当たりがあるにしろないにしろ、客が来ているというのならば会わなければならない。
やりかけの研究に後ろ髪を引かれながら、フィオラは件の客がいるという部屋へと向かったのだった。
* * *
(……ルカ?)
客が待つという部屋に入った瞬間、目に入った月の光を溶かしたような銀髪に、反射的に思う。
けれど、こちらを振り返った顔は、無論ルカのものではなく――。
(だが、色彩が似ている……?)
髪色だけではない。こちらをまっすぐに見つめる、眼鏡の向こうの瞳も、ルカとよく似た、薄い氷のような色をしている。
ルカを彷彿とさせる色彩を身に纏った青年は、すっと立ち上がった。その身体は細身で、そこは騎士として身体を鍛えているルカとは違う。
「来ていただけたんですね。――フィオラ・クローチェ魔法士」
「あ、ああ……。貴方が私を呼んだという……?」
「リト=メルセラと言います。わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」
(名前もここらの響きじゃない……だが、ルカの同郷、だなんて偶然があるとも思えないが)
それでもあまりに符号が合うため、可能性を捨てきれない。
それはともかくとして、問題は――。
「私に会いたいとのことだったが、私は貴方に覚えがない。一体何の用事だろうか」
そう、こうして相対してみて、確信を持った。
フィオラはこの人物と面識がない。あとは事前に予想していた、仕事の中で助けた形になった人物かもしれない、という線だが――。
(この男……魔法使いだ)
さすがに仕事中に出会った魔法使いなら覚えているはずだ。向こうがフィオラと出会った後に、魔法使いになった可能性もあるが。
「用事……そう、用事、ですね」
何かを確認するように、リト=メルセラと名乗った男は呟き、そうしておもむろにフィオラへ掌を向けた。
『縛』
「!?」
リトが聞きなれない響きの言葉を紡いだ瞬間、氷の鎖のようなものが現れ、フィオラを拘束する。
「何を――!?」
リト=メルセラが何をしようとしているかはわからないが、拘束された時点で、尋常じゃない目的であろうことはわかる。
フィオラは拘束を解くために魔法を使おうとし――編んだ術式に通そうとした魔力が乱れるのを感じた。
(『暴発』か――こんなときに!)
フィオラを捕えている鎖に作用するはずだった魔力は、フィオラの身体に作用する。それがもたらす己への変化に、フィオラは驚愕した。
(よりによって……!)
毎日行う姿変えの魔法のときに似た、それよりも長く、体の深くから変えられていく感覚。
その感覚を、フィオラは知っていた。同じように『暴発』したとき――そしてそれをきっかけに自らが作り出した魔法を使ったときに。
視界の高さが急激に変わる。幼き日の姿となったフィオラに一瞬緩んだ鎖は、けれどすぐにフィオラの変化に合わせて輪を縮めた。
(くそっ……!)
この姿では魔法を使えない以上、鎖が緩んだ瞬間だけが脱出の機会だったのに。
眼前では、リト=メルセラが目をわずかに見開いて、フィオラを凝視していた。
それを低い位置から見上げながら、フィオラはこの状況を打開する方法を模索するが、魔法が使えず、身体能力も常より低くなった状態で、できることなどこの状況を生み出した当人を睨みつけるくらいだった。
「……なんのつもりだ、リト=メルセラ!」
「それを説明するのに、この場所は適当じゃない」
先程相対した時の丁寧な口調は演技だったのか、ただ淡々と感情の薄い口調でリト=メルセラは言う。
「君には、来てもらわないとならない。――僕の目的のために」
また、リト=メルセラがフィオラに向かって掌を向けた。
『転移』
また聞きなれない響きの言葉を口にしたリト=メルセラと、その正面にいるフィオラの足元が歪んで、まるで沼のようになった地面が二人を飲み込んでいく。
鎖で動きを制限された中でもなんとかそこから抜け出そうともがくが、沼のような地面は広がるばかりで、抜け出すための地面がなくなっていく。
身体が沈むのに比例して強烈な眠気のようなものがフィオラの意識を闇に染めていき――抵抗が緩慢になった幼いその身体は、とぷりと地面に沈んだ。
それを見届けたリト=メルセラもまたとぷりと地面に沈んだ。それと同時に、部屋は元の様相を取り戻した。
確かにそこにいたはずの、二人の魔法使いの姿だけをなくして。
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