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1.予言と『賢者』と『賢者』の弟子

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 ある日、魔術国家トートゥルムの『予言者』が、王都に訪れる危機を謳いあげた。

「翼あるものによって、王都リシュタは危機にさらされる」

 しかし同時に、それと対になる予言も伝えた。

「『賢者』の手助けを得れば、その危機から脱することができるだろう」

 ――そうして、『賢者』の元に、王都への召集令状が届いたのだった。


* * *


「僕は行かないよ」

 魔術国家トートゥルムの端の端の端、つまりは辺境にある『賢者』の家の中。
 王都から届いた召集令状をつまみ上げ、放り投げた『賢者』がそう言ったので、彼の弟子であるアマネ=アステールは首を傾げた。

「それで済むものなんですか?」
「済むね。僕だから」

 投げられた召集令状を拾い上げ、アマネは中身に目を通す。

「でも、なんか『絶対来い、絶対来い、来てくださいお願いします、どうかどうか何卒』って念を感じますよ。王都の危機らしいですし」
「うん。だからアマネが行って」
「は?」

 当然のように言われて、アマネは眉根をひそめた。そんなアマネに、いつもの飄々とした態度で、『賢者』は告げる。

「予言はあくまで『賢者の手助けを得れば』って文言だったし、僕自身が行く必要はないってこと」
「ええ……。そんな理屈あります……?」
「予言ってのはそんなものさ。――もちろん、アマネにも利益はある。あるからこそ言ってる」
「私に、王都に行くことで何の利が……?」
「王都に、僕の代理で行くとなれば『王立魔術研究院』の蔵書――研究資料の閲覧ができる。あそこには魔法・・の資料があるよ」

 含みのある笑顔での『賢者』の言葉に、アマネは目を瞬いて、それからこれみよがしに溜息をついたが――その瞳は爛々と輝いていた。

「……それなら、行きます。あなたの代理なんて、とっても面倒そうですけど!」
「アマネならうまくさばけるよ。だって君、大体がどうでもいいだろう・・・・・・・・・?」
「……否定はしません」
「そこでちょっと迷うところが、アマネは人間味があっていいね」
「人間やめた人が言うと違いますね」
「人間やめたというか、人間の枠から外されたんだけどね。まあ、それこそどうでもいい」

 『賢者』は指を一振りして二羽の魔術の鳥を出し、また一振りして虚空へと飛ばした。家の壁に当たる寸前でその鳥は消え――それが王都へと一気に転移したのだと察したアマネは、相変わらずこの人は化け物だな、と思った。術式もろくに組まずに、魔力を編んだだけでそれを為せるのが、『賢者』が『賢者』たる所以ではあるのだが。

「王都での衣食住は知り合いに頼んでおくから、まあ適当にやって」
「適当にもほどがありません?」
「僕だからね」

 それもそうかと納得してしまったので、アマネはそれ以上の問答を諦めて、最低限の荷造りをしに自室へと向かったのだった。

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