古国の末姫と加護持ちの王

空月

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目覚め

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  リルが目を覚ましたのは、満月まであと僅かもない頃だった。

 (……なんかすごく懐かしい夢、見てたなぁ)

  ゆっくりと身体を起こしながら、夢の内容を思い返す。

  幼い日、自分が兄たちと血が繋がってないことを知って、彼らと共に居てはいけないのだと考えた。短絡的にも程があるが、その頃のリルは血の繋がった家族以外は家族でないと思っていたのだから仕方がない。
  それに、王家には血筋が重要だと教わった直後だったのも大きかった。血によって連綿と続いてきたものに、自分という異分子が入り込んではいけないのだと――恐怖にも似た思いを抱いたのだ。

  その後の騒ぎで、その思いはほとんど消えたのだけれど――なんせ、一部は『何でそんなこと言うんだリル! そんなに俺達が嫌いなのか!! 一緒に住みたくないのか!?』と詰め寄った挙句に泣き出すし、一部は『何をどうしたらそんな考えに至るのかまったくもって理解不能だけど、どうしてもと言うんだったら僕も共に国を出ようかな。少なくともお前は小さすぎて一人で生活なんてできないし、というか死にそうだし』なんてリル以前に自分が死にかねないだろうことを言ってくるし、一部は『あらあらあら、それならいっそ王制廃止しちゃったらどうかしら。そうしたら余計なしがらみもなくなってちょうどいいんじゃない?』なんて軽く言うしで、気付けば城内が上へ下への大騒ぎになっていたのだ。

  王制廃止の法案作りまでされていたのだと後から聞いて血の気が引いたのも今では良い思い出だ。本気ではなかったとはいえ、やりすぎだとは思うが。

 「おはよ、姫さん。夜だけど。……少年はまだ寝てるよ。何回か起きそうな感じにはなったんだけど」
 「そう……」

  リルが目を覚ましたのに気付いたらしい焔が、のんびりした声音で報告してくるのに頷く。
 自力で目覚めた時点で予想はしていたが、やはり少年はまだ目覚めていないらしい。しかし目覚めの兆候があったのなら良かった。このままずっと目覚めないという事態は回避できそうだ。

  小さく伸びをして体をほぐし、少年に近づいてみる。気配を感じたのか何なのか、僅かに少年が眉根を寄せた。

 「確かにもうすぐ目が覚めそうな感じ――」

  言いかけたリルは、覗き込んだ少年の目がぱちりと開かれたことに驚いて言葉を切った。

 「…………」
 「…………」

  そのまま無言で見つめ合う。束の間の沈黙。
  いち早く奇妙な硬直状態を解いたのは、少年の方だった。

 「っ、何者だ!!」

  言葉と共に懐から取り出され、リルに突きつけられたのは、月光に鈍く光る短剣だった。

 「うわ、あっぶねーオコサマだな」

  それがリルに届く前に、ひょいっと焔が手を割り込ませる。短剣は焔の掌を貫通――するでもなく、触れた部分から刃がどろりと溶けた。
 
「――っ!?」

  言葉を失くし、息を呑む少年。そんな彼に、リルは困ったような笑みを向けた。

 「ええっと……とりあえず、君を害するつもりはないから、落ち着いてもらえないかな」
 「何を……」
 「怪しいのは重々承知だし、君を害しないっていう証拠はないわけだけど、話くらい聞いてくれないとこっちも困るし」
 「…………」

  少年は柄だけが残った短剣とリルの顔とを交互に見、しばらくの後に、警戒を解かないまま口を開いた。

 「……お前は何だ」
 「何、って言われても……」
 「確かにお前に私を害するつもりはないようだ。殺気も感じられないし、そもそもお前に緊張がない。かといって他人を害することに慣れた類の人間であるようには見えない。――しかし、今、お前に向けた刃が溶けた。お前からは魔力を感じない。魔法士ではないのに、何故そのような芸当ができる」

  少年の問いに、リルは傍に立つ焔を見た。焔もリルを見返す。
  ――精霊イーサーである焔は、基本的に契約者以外の目に見えない。もちろん声も聞こえないため、少年にはリルが何かをして刃を溶かしたのだと思われたらしかった。

  答えを返さないリルに、少年は視線をさらに鋭くする。

 「答えられないのか」
 「そういうわけじゃないんだけど……」

  『お前は何だ』という問いには『ただの人間です』としか答えられないのだが、少年が知りたいのはそういうことではないだろう。かと言って焔の姿が見えない状態で、精霊石イース持ちだと言っても信じてもらえるとは思えない。

  精霊石イース精霊イーサーも今やお伽噺の中の代物である。リルが契約者となったのも、偶然に偶然が重なった結果である。恐らく、リル以外の精霊石イース持ちは現代には存在しないはずだ。

 (焔のことは、できる限り人に知られない方が良いんだけど……でも上手い言い訳っていうかごまかし方も思いつかないし。あんまり間を空けると、この子ももっと不審に思うだろうし)

  リルは数秒悩んだものの、最終的に「もうなるようになれ」と色々諦めることにした。

 (まあ、焔のことだけなら何とかなるだろうし。精霊石イース精霊イーサーも、実際に存在してたってことは伝わってるんだから信じてもらえるはずだし……)

  傍らに立ったままの焔に再び視線を向け、名前を呼ぶ。

 「焔」
 「わかってるって」

  苦笑いしつつ、焔が精霊石イースに触れる。精霊石イースが明滅を繰り返し、焔の足元に赤く発光する陣が浮かび上がる。
  焔の全身を炎が包み込んだ。魂が奪われるかのように美しく鮮やかな炎。それは数秒もしない内に唐突に消え、そこに残ったのは、炎に包まれる前と何ら変わりない焔の姿。――しかし、外見上は何も変わらずとも、決定的に違う点がひとつあった。

 「――っ、お前、どこから現れた!!」

  少年が焔を見、顔色を変えて叫ぶ。……そう、契約者以外にも見えるよう、実体化したのだ。

 「どこからって、最初っから居たんだけどな。あんたに見えてなかっただけで」
 「何だと?」
 「俺は精霊イーサーでね。あんたがリルに突きつけた物騒なもん溶かしたのは俺だ。問答無用で他人に刃向けるなよなー? 危ないっての」
 「精霊イーサー……?」

  少年の表情に驚愕と疑惑の色が混じる。それも当然のことではあるのだが、このままでは話が進まないので、リルは精霊石イースのはまった腕輪を外して少年に向かって差し出した。

 「さっきの言い方からすると、君、魔法士でしょう? だったらこれ見れば精霊石イースだってわかるんじゃないかな」

  少年は恐る恐る腕輪に触れた。赤い精霊石イースの表面を撫でるようにして、眉間の皺を深める。
  言葉遣いといい、その表情といい、子供らしくないというか、大人びすぎているというか、見た目とそぐわないなぁ、とリルは思った。

  しばらく精霊石イースを観察していた少年は、なるほど、と溜息と共に呟いた。

 「信じ難いが、確かにこれは精霊石イースのようだ。これほどまでに高密度な魔力結晶は見たことがないし――精霊イーサー以外に何もないところから現れるなどということをできる存在を、私は知らない。だが、それなら余計にお前が何者かわからない。古の記録によれば、精霊石イースを持てるのは魔術師のみのはずだ。だが、お前からは魔力を感じない。魔術師であるはずがない。……もう一度問う。お前は何だ?」

  そういえばそうだった、と、そのことをすっかり忘れていたリルは内心焦った。そもそも魔術師ですら現在はほとんどいないのだ。余計に不審極まりない。

  実際は、『発現因子』さえ持っていれば、魔術師でなくても精霊石イース持ちになることはできる。いくつか条件が必要ではあるが。――しかしそれは、リルの住む国・イースヒャンデにしか知られていない。
  一般に認識されている個人の『魔力』が、『魔力因子』と『発現因子』の組み合わせによって現れるのだということもイースヒャンデ以外には知られていないのだ。それを一から説明するのは骨が折れる。その理論を組み立てたシーズならばともかく。

  リルはどう説明しようか悩み――結局、説明そのものを放棄することを選択した。

 「ちょっと偶然が重なって精霊石イース持ちにならざるを得なかっただけの、普通の人間だよ。怪しいけど怪しい者じゃないから」

  我ながら意味がわからない、と思いながらリルはそれをごまかすようにへらりと笑った。

 「………………」

  少年はじっとリルを見つめる。ますます眉間の皺が深くなり、痕が残っちゃったりしないだろうか、とリルは変な心配をした。

 「……嘘は、ついていないようだな。わかった、信じよう」

  少年の言葉に、リルはほっと息をつく。しかし、王族(多分)がそんな簡単に正体不明の人間の言い分を信じて大丈夫なんだろうか、とも思った。
  それとも自分があんまりにもとろそうだとか間抜けそうだとか、そんな感じに見えるのだろうか、とまで考えたところで、少年が周囲を見回し絶句しているのに気付いた。
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