古国の末姫と加護持ちの王

空月

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懐かしい夢

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「……ザードにいさま」

  小さな少女が、今にも泣き出しそうな顔をして、扉の陰から姿を現した。

 「んん? どうしたの、リル」

  部屋で荷造りをしていた少年は内心驚き――というよりは可愛い妹が泣きそうなことに焦りつつも、普段通りの声音で言葉を返す。

 「にいさま、たびにでるのでしょう?」
 「うん。今度はねー、北の方に行くんだ! お土産は万年雪から採れるっていう結晶とかどうかなって思ってるんだけど――」
 「わたしも、」
 「え?」
 「わたしも、つれていって、ください」
 「えぇえええ!?」
 「とちゅうまででも、いいです、から」
 「えぇ、いや、ちょっ、待って?!」

  少年はあまりのことに思考が停止した。何事にも柔軟に、臨機応変に対応できることが特技の域に達している少年にとっては、ほとんど生まれて初めてのことだった。
  自らを落ち着けるために幾度か深呼吸して、少年は少女に尋ねる。

 「えーと、リル? また、なんでそんなこと言い出したの? 旅はもっと大きくなってからだって父さんに言われたよね?」

 以前、旅に出る少年を羨ましがった少女を父親が宥めたときのことを思い出して首を傾げる。
  だって、と少女はぽつりと零した。

 「わたし、とうさまとかあさまのこどもじゃないってきいた……ききました。だから、でていかなくちゃ、って」

  その言葉を聞いた瞬間、少年は視線を鋭くした。

 「……それ、誰に聞いたの」
 「シーズにいさま、です」
 「あー、もうあの馬鹿! 考えなし! 情緒欠乏人間!!」

  名前だけで大体の事のあらましが理解できた少年は、思いっきり元凶の人物を罵倒した。
  シーズとは少年の双子の片割れである。少年の半身ともいえる存在は、時折こういう考え無しの発言による騒動を起こしてくれるのだ。罵倒するくらいかわいいものである。

 「どうせ何も考えずにぺろっと言ったんだろうけど――聞いたリルがどう思うかぐらい予測しろっての。……いい? リル」

  少女に目線を合わせるようにしゃがみこみ、少年は優しく言い聞かせる声音で続ける。

 「確かにリルは父さんと母さんの子供じゃないし、僕たちと血が繋がってない。でも、リルが僕たちの大切な妹だっていうのは間違いないんだ。だから出て行こうなんて考えないこと。あと、敬語もいらないからね。今まで通りの喋り方でいいんだよ」

 たどたどしい敬語で話されていた理由も判明し、そのままはごめんなので、そこはしっかりと注意しておく。

 「でも、にいさまたちはおうぞく、です」
 「そうだね、王族だ。この国じゃ身分なんてあって無いようなものだけど。――まったく、セクト兄もがっちがちに知識教え込まなきゃいいのに。型にはまった考え方ばっかり教えてるからこういうことになるんだよ。あとで文句言ってやる」

  ひとしきりぶつぶつと呟いて、少年は再び少女に向き直る。

 「王族だから敬わないと、って考えるのは、まあ仕方ないよ。リルはそういう風に教わったもんね。でも、言ったよね。リルは僕たちの大切な妹だ。その妹に――家族に敬語を遣われるなんて、僕はいやだよ。それに、身分で言うならリルだって王族だ。『お姫様』なんだから」
 「でも、わたし、とうさまとかあさまのこどもじゃ、ない……」
 「だーかーらー! 血なんて関係ないの! 父さんも母さんもリルを娘だって思ってるし、実際そうなの! 僕たちだって血は繋がってなくてもリルの兄なのっ! だからリルは僕たちの家族なの! 王族なの!!」
 「で、でも……」

  尚も言い募ろうとする少女の手を、少年はがっしり掴んだ。そしてそのまま歩き出す。

 「よしわかった。リル、今から広間にみんな集めるよ。リルに関することだって言えばすぐ集まるだろうし。で、今の話みんなにする。絶対みんな反対するだろうね。ていうか怒るね、間違いなく。ファレン兄とか泣くんじゃないの? そんなに俺たちから離れたいのかー、とかって。それに、元凶にはきっちり責任とってもらわないとだし」

  手をひかれる少女は、少年の言葉の意味がよく理解できず戸惑いながらも、繋がれた手のあたたかさに、何故だか少し安心したのだった。
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