古国の末姫と加護持ちの王

空月

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国境にて

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 「大丈夫?」
 「……問題、ない」
 「や、少年顔真っ青だから。無理すんなって。もうしばらくおぶっててやるよ」
 「……。……足手まといになって、すまない」

  大分薄くなった月明かりのせいだけでない、青白い顔が恥じ入るように俯く。そんなアル=ラシードを背負う焔とその横を歩くリルは顔を見合わせ、苦笑した。

  アル=ラシードが意識を取り戻したのは、リルと焔が連れ立って歩き出して少し経った頃だった。予想よりもかなり早い目覚めであり、リルの心配は杞憂に終わったかと思われたのだが。
  結局、焔は国境の目前――彼が実体化していても構わないギリギリの位置まで、アル=ラシードを背負うこととなった。というのも、アル=ラシードが意識を失った原因である身体の不調は、目を覚ました後も続いていたからだ。

  眩暈、頭痛、息切れ等々、種々様々な不調に立つことすらままならない状態の彼を診て、リルと焔が出した結論は、とにかく【禁智帯】と相性が悪いのだろう、だった。
  『魔力酔い』に類似した症状も出ているし、焔の『アル=ラシードは魔力が強い』発言もある。魔力が全く無いという特異な環境下から、『魔法大国』シャラ・シャハル近くに移動すれば、その『外的魔力』の濃度の違いに不調を起こさない方がおかしいのだ。『加護』が顕れていたかどうかはともかく、アル=ラシードが自力で歩くことが難しい状態であるのは疑いようもなかった。

  結果だけ見れば、移動速度を子供であるアル=ラシードの足に合わせる必要がなくなり、予定より早く国境まで辿り着けた――実際にはまだ辿り着いてはいないが――ということになる。
  それもあって、リルも焔も特に何とも思わなかったのだが、ひとり歩かずに背負われるままなのがよほど気にかかるらしいアル=ラシードは、幾度となく自分で歩くことを申し出た。だがその度、リルも焔も即座に却下した。見るからに重病人な風体なのに、そんな無茶はさせられない。

 「心配しなくても、もう少し行ったら降ろしてやるって。そんな長く実体化できないし、そもそも俺超目立つから実体化解かないとマズいし」
 「……目立つ……?」
 「髪とか目の色もだけど、国境沿いってちょっと物騒だから。念には念を、ね。――あ、そういえば君の顔って世間一般に知られてる? 一応王都まで送るつもりだったけど、必要ないかな」
 「いや……先も言ったが、私は自分の宮からほとんど出たことがないから、知られていない……【加護印シャーン】の方は有名だろうが」
 「そっか。じゃあやっぱり王都まで――っていうか『転移所クィ・ラール』まで送るよ。どうせわたしも帰りはそこからだし」

  『転移所クィ・ラール』というのは、大抵の国に設置されている移動用魔法陣のことだ。常駐している魔法士に対価を払えば、他の『転移所クィ・ラール』へと転送してもらえる。
  『魔法大国』と称されるシャラ・シャハルともなると、国全域にそれが張り巡らされていると言っても過言ではない。当然王都にも『転移所クィ・ラール』はあり、尚且つ国外に直接転移できるのは首都の『転移所クィ・ラール』だけだったりする。

  リルはそれを利用して、ひとまずイースヒャンデのある大陸まで戻ろうと考えていた。ザードに教わった、比較的安全な経路だ。
  問題は『転移所クィ・ラール』を幾度か経由するために、かなりの対価を支払わなければならないことだが――装飾品を売れば何とかなるだろう。売る場所もザード御用達のところにすれば大丈夫だろうし。

  ここが過去である以上、イースヒャンデに戻ったとしても、そこはリルの帰りたい場所ではない。しかし元の時代に戻る方法を探すにはイースヒャンデが最も適しているのだから、無駄にはならないだろう。
  そんなことをつらつらと考えているうちに、国境の傍まで来ていたらしい。

 「そろそろかな。……じゃ、俺は精霊石イースン中戻っとくから、何かあったら呼び出してくれよ、姫さん」

  ひょいっとアル=ラシードを背から下ろした焔の足元から、炎があがる。それは舐めるように上へと上がって行き、やがては全身をも包み込んだ。
  その炎は徐々に小さくなっていき――赤い光に変化したかと思うと、ふわりと精霊石イースに溶け込み消えた。

 「不思議なものだな……」

  しみじみと噛みしめるように、幾分か顔色のよくなったアル=ラシードが呟く。

 「そう?」

  首を傾げて、精霊石イースを撫でる。確かにリルも初めて見たときは驚いたが、何度も見ているうちに慣れてしまったらしい。特に感慨は浮かばない。

 「それじゃあ、行こっか。大丈夫? 歩ける?」
 「――ああ、問題ない」
 「無理はしないでね? まだ小さいんだし」
 「っ、小さッ……!?」

  目を零れんばかりに瞠ったアル=ラシードに「あれ、言葉の選択間違ったかな」などと思うリル。慌てて言い換える。

 「ええと、ほら、子供だし」
 「…………」

  今度こそアル=ラシードは絶句した。

 (な、なんかまずいこと言っちゃった……?)

  固まったアル=ラシードに戦々恐々とするリルだったが――。

 (……あれ?)

  ちょうど陽が昇りだしたくらいの時間だ。視界が利かずよく見えないが――何だか、アル=ラシードの頬が赤くなっている、ような。

 「ねえ、もしかして――」

  言い終える前に、アル=ラシードはすごい速さでリルに背を向けた。しかし真っ赤になった耳が見えている。リルは確信した。

 「君、照れてる?」

  びくっ、とアル=ラシードの肩が跳ねた。

 「てっ、照れて、など……ッ!」
 「でも、何か赤いし……」
 「~~~~っ、朝陽のせいだ!」

  その言い訳はないだろう、とリルは思った。夕陽ならともかく朝陽は苦しい。
  しかし追求するのも何だかかわいそうな気がしたので、とりあえず「そっか、朝陽のせいか」と呟く。

 「ああそうだ! い、行くのならばさっさと行くぞ!!」

  どこかぎこちない動きで歩き出した彼に、笑みを一つ零す。子供らしくないと思っていたが、子供扱いされて照れる、普通に可愛いところもあったらしい。

 「うん、行こうか。――でもね、そっちは反対方向だから」

  こっちね、こっち、と、見えないことを承知で指し示す。アル=ラシードの動きが止まった。

 「――ッ、そういうことは早く言え!!」

  充分早く言ったと思うんだけど、と苦笑しながら、「うん、ごめんね」と返せば、軽々しく謝るな! と特大の怒声をもらうはめになった。……一体どうしろっていうのかな、と心中で呟く。
  リルに顔を見せないようにしつつ器用に方向転換したアル=ラシードの頭に、出来心で手を伸ばす。そしてそのままよしよしと撫でた。

 「何をっ……!」
 「え、その、興奮してるみたいだから、撫でたら落ち着かないかなって」

  ほとんど口からでまかせだったが――しかも扱いとしては動物と大差ないのだが――意外にもアル=ラシードは抵抗しなかった。

  ……なでなで、なでなで。

  手を引くきっかけを失ってしまい、珍妙な沈黙と共に頭を撫で続けるリル。

 「……あたたかい、な」
 「え?」
 「何でもない!!」

  言い切るなり、アル=ラシードは早足で歩き出した。
  彼が呟いた言葉が聞き取れなかったリルは内心首を捻りつつ、その小さな背中を追いかけたのだった。
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