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別れ,そして新天地へ―。
しおりを挟む季節は春となり、新年度を迎える四月になった。
外は春特有の暖かい空気と漆黒の夜の闇夜に染まり、頼りになるのは電灯と星のみ。しかし、もう一、二時間かすれば、黎明を迎える時間帯だ。
そんな時間帯と環境の中、住宅街のとある一軒家から出てくる人影。
その人影は大型な男性用リュックサックを背負い、ゴムパンツとジャージを着用して黒のキャップ帽を被っている。首からライトをぶら下げて、先を照らしていた。
人影――雪代 紗綾は安堵の息を吐いてはそのまま走り出していった。
少々この格好は目立つものであるが、仮に聞かれてしまえばランニング中だからと答えれば問題はないだろう。
ライトと徐々に照らされる光で見えるいつもの光景と慣れ親しんだ道のり——だが今日でもう見られなくなると思うと寂しく思い、同時に様々な記憶が脳裏に流れてくる。
両親と一緒に買い物に出かけた歩道。 痛みに我慢しながら自転車の練習と花見をした公園。
友人と一緒に立ち寄ったコンビニ。 小学校から高校まで使っていた通学路。
この町と景色と共に過ごして築き上げた思い出と記憶が巡り、知らずに紗綾の瞳から涙がこぼれた。
紗綾はこの街の風景と道なりが、友人たちと過ごしてきたこの場所が大好きだった。
理解しているつもりだった。覚悟はしているはずだった。それでも感じてしまったのだ――もう二度とこの場所を見れなくなるのだと。
足を止めたくなるのを我慢して、それでも彼女は必死に動かし、脳裏の中に浮かぶ思い出を振り払っていく。
これが自分の選択なのだと言い聞かせる――兄と一緒に暮らすという選択を選んだ紗綾の道だ。
駅に到着後は、朝日が昇り始めて周囲には人が少しづつ増えてくる。
朝早くから出勤や登校する人たちがいて、紗綾の格好を怪訝な目で見てくるが、彼女は気にすることなく待ち合わせ人を探す。
駅周辺を見渡すも、待ち合わせ人の姿が見受けられないため紗綾は慌ててしまう。
約束した時間には間に合っているはずなのに肝心の本人がいない。
一体どうしたのだろうかと心配になるも、すぐにそれは不安へと変わった。
(ま、まさか兄さん……寝坊したんじゃっ!?)
あり得ることを思いついて、紗綾は頭を抱えてしまう。昔から兄はこういう大事な時に限って寝坊しかけては大事に関わることが多くあった――もしかしたら今日もやってしまったのではないかと思った瞬間。
「おっはぁ」
「うきゃあああぁっ!?」
紗綾の耳元からの声と冷たい何かが頬にあたり、素っ頓狂な悲鳴を上げては飛び跳ねた。
その悲鳴と行動に満足げに頷いては「いい反応だ」と評価したのは紗綾の兄である永斗であった。
「に、兄さんっ!? 何をしてくれてるのっ!?」
「いや、無防備なお前にちょっと悪戯心が……前までは結構やってたろ、だからつい」
「もうっ悪戯はやめてよ、相変わらずなんだから」
永斗の悪戯に紗綾は怒りながらも、手渡される冷たい何か――缶ジュースを受け取ると同時に開けては飲み始める。
「悪い悪い……んで最終警告だ――本当にいいんだな?」
「……」
「目が赤くなってるし涙痕もある……今ならまだ間に合うぞ、家に戻っても――」
紗綾の頭突きが永斗の額にどつかれて、その言葉が最後まで紡がれることはなかった――代わりに苦痛に耐える声が紡がれた。
痛みに悶えては跪く永斗をため息をついて見つめる紗綾の表情には悲痛なものはなく、寧ろあきれた表情を浮かべていた。
「もう同じことを何度云わせるの兄さん……確かにここに来るまでは悲しくって泣いちゃったけど、私の心は変わらないよ。私は兄さんと一緒に行くって決めたの」
永斗は痛む額を撫でながら彼女の顔を見つめる――紗綾の瞳は真剣そのもので、言葉も迷いなく紡がれていた。すると紗綾の手が伸びて永斗の手を掴んだ。
「いこっ、兄さん! 新しい場所で二人でがんばろっ!」
紗綾が次に浮かべたのは輝かんばかりの笑顔を浮かべては駅構内へと永斗を引っ張って入っていった――。
* * * * *
太陽が昇り日差しがさしては、暖かい空気が流れ込んでくる時間帯――場所は変わって雪代家にある紗綾の部屋。
可愛らしいぬいぐるみや小物が多く置かれている中、机の上には無造作に置かれた二枚の手紙が置かれてあった。
その手紙には一適ずつの濡れた痕が残されており、若干まだ湿っている部分や乾いた部分が目立っていた。
『お父さん、お母さん、ごめんね。 やっぱり私は兄さんのことを忘れられません――親不孝者だと思うし、兄妹の近親相姦は非道徳的だと思う。でも私は真剣に兄さんのことが好きだし、恋も兄さんしか考えられないです……これから二人だけで愛し合える場所を求めて出ていきます』
『ほんとうにごめんなさい……私は、お父さんとお母さんが大好きでした』
――その手紙が発見されるまで、あと数十分後のこと。
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