EMPTY DREAM

藍澤風樹

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吸血鬼への鉄槌

賭け

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「この村に吸血鬼が潜んでおる!!」

不安げな顔で集まる村人達の前で、三人の男達が演説をぶっていた。
羽根飾りのついた帽子、じゃらじゃらと装飾品を体中にぶら下げたその姿はまるで旅芸人だが、彼らは辺境の小さなこの村に入るなり、大仰に呼ばわったのだ。

「邪気に引かれて参った、我らは吸血鬼ハンターなり! 」
と。

慌てて現れた村長に、リーダーの男はトニー・オーギュスタン・シェファーと名乗った。
それにジェフとスペンサーの二人を加えた我らはハンター協会の中でも最高位の吸血鬼ハンターとして登録されており、今も教会より委託を受けて吸血鬼を滅ぼしてきたばかり。
この飾り物はその吸血鬼より奪いし戦利品だと見せつけた。

最近死んだ家畜は?
病で寝込み、昼日向に起き上がれぬ者は?
突然死んだ者は?
なに、いない?
それは隠している家があるのだ。
魔女などより余程恐ろしい、一度ひとたび噛まれたが最後、魂まで呪われし血塗れの魔物の仲間にされるぞ!

とくとくと語りながらトニーは懐から硝子の小瓶を取り出すと、半信半疑で眉をひそめる村長の顔の前へ突き出した。
中には透き通った水が揺れている。

「まずは、御覧あれ」

トニーが小瓶の中身を足下へ垂らすのを、村人一同固唾を呑んで見守った。

「もしもこの地に不浄なる吸血鬼が潜んでおれば、神に祝福されしこの聖水を垂らさばたちまちの内に穢れを灼く白煙が立ち上るであろう」

少しの間を置いた後、濡れた土から白い蒸気が確かに立ち上り始めた。

「見よ! これこそがこの地に吸血鬼のいる証ぞ!!」

わぁっと悲鳴が村人達から上がった。
敬虔な神の使徒である村長としても、こうなると男達を拒否も出来ず、『吸血鬼狩り』の依頼と高額な報酬、そして滞在中のもてなしを約束させられてしまった。

この平和な村に、吸血鬼も魔女も現れたことなどない。
しかしそれが、これからもそうだとは限らないのだから──



「店主やい、酒が遅ぇぞ!」

貸切状態の酒場で、『吸血鬼ハンター御一行』は上機嫌にジョッキを空にし、食い散らかした皿を積み上げていく。
村人達は彼らを敬遠してと言うより、吸血鬼を怖れて家に閉じこもっている。
この酒場の店主とて吸血鬼がどこかに潜んでいるとあらば店などに構いたくもないが、村を救う救世主吸血鬼ハンターをもてなさねばならないと言う村長の命令には逆らえぬ。

「しけた村だぜ。女がいないなら酒くらいしかねえ」

ジェフがぼやきつつ羊の骨付き肉に豪快にかぶりつく。

「今度はどうやるつもりだい? お頭」

ジンのお代わりをテーブルに置いて店主がそそくさと離れていくのを見送って、スペンサーがトニーへ顔を寄せた。

「そら、いつもと同じよ。退して、ご褒美を戴きゃ、俺達も嬉しい、救われた村の方々も嬉しいってな」

この村でも既に『聖水』をたんまり売り捌いた。
身につけておけば吸血鬼を避け、地へ垂らせば吸血鬼の存在を暴き、吸血鬼へ振りかければたちまちその身を滅ぼせる、有り難き聖なる水。
この瓶ひとつで吸血鬼の脅威を減らせるとあらば、買わぬ者はいない。
まして村の中に潜んでいると宣告された後ならば。
その他にも、ニンニクやトネリコを削った杭など、吸血鬼対抗の品が飛ぶように売れた。
全く、吸血鬼さまさまだ。

上機嫌な三人のテーブルの空いている椅子に、唐突に黒い影が腰を下ろした。

「高名な吸血鬼ハンターと言うのは、お前達か」

突然の無礼な闖入者に驚いたジェフが、くわえていた骨を皿へこぼした。
スペンサーも、修羅場には慣れっこのリーダーであるトニーも、無礼な闖入者を誰何すいかする前に、あんぐりと口を開けたまま動けなくなった。

夜より黒いコートを纏った男を相手に。

見た目だけなら二十歳にもいかぬ若造なのに、異様なほど深い圧迫感がある。
それより何より、その容姿──その美しさ。
庶民とは思えぬすべやかな白い肌に、黄金色の髪と──同じ色の瞳。
形の良い唇が、世にも妙なる声を送り出す。

「賭けをしよう」

現れたと同じくらい唐突で意外な申し出に、三人の男達は息をするのさえ忘れて話の続きを待った。
賭け、だと?

「三日の内に、お前達がこの村に潜む吸血鬼を暴けるかどうか」

「はぁ?!」

『吸血鬼ハンター』達は椅子から飛び上がらんばかりに驚愕した。

「な……何だよいきなり」
「お前みたいな名も知らん胡散臭い小僧に言われて、はいそうですかと乗る奴がいるか!」

話を持ちかけてきた相手以上に胡散臭い男衆が、強張った舌を何とか動かして反論する。

「これは失礼。私はラルク、お前達の様にでね」

名を明かした男の言葉に、『吸血鬼ハンター』達は青ざめた。
まさか、そんな、こんな偶然があっていいのか。
こんな辺境の村に、こんな若造が、吸血鬼ハンターだと……?!

魔女狩りウィッチハンター人狼狩りワーウルフハンター等々、善良な人間達を人外の脅威から護る狩人達。
その筆頭であるのが吸血鬼ヴァンパイアハンターだ。

人の赤い血を糧に生きる、不老不死の魔物、吸血鬼。
怪力を始め様々な特異能力を持つだけでも厄介なのに、恐ろしいのはその牙だ。
血を奪うだけでなく、一度ひとたび噛まれてしまえば否応なしに魂まで下僕とされる。
腐り落ちる屍となりながら彷徨う屍鬼グールになるも、同族吸血鬼になるも、吸った吸血鬼の胸三寸。
そんな化け物を斃せ得る、化け物以上の存在──吸血鬼ハンター。
その称号は畏敬と畏怖の象徴だ。
それだけの技量を持ち、なおかつ生き残れる者の数は少なく、雇う報酬も高額に上る。

そんな希少なハンターが、俺達と同じこの村にいただと──?
だが確かにこいつは、ただ者には見えない。

「坊や……ええと、ラルクって言ったな。賭け、賭けねぇ。賭けは俺も大好きさ。だが、吸血鬼を肴に何を賭けようってんだい?」

リーダーであるトニーがいち早く冷静を取り戻した。
こんな若造に翻弄されてたまるか。

そんな彼らの前に、一枚のコインが投げ出された。
ぴかぴかに光る大ぶりな金貨が、テーブルの上でくるくる廻る。

「明日から三日の内に、この村に潜む吸血鬼を暴き、それを斃せたなら、これを一人に一枚くれてやる」

村との契約と、今日一日この村で稼いだ売り上げを合わせても軽々と吹っ飛ぶであろう値打ちのこれを、三枚!

「それがかなわずお前達が負けたなら──」

端正な唇が、嗤いの形に歪んだ。

「この村の皆の前で、

トニーは半分以上中身が残るジョッキを取り落としそうになったし、ジェフは新たに掴んだ骨付き肉を取り落とし、スペンサーは敢えて視線を逸らしていた男の顔をまともに見てしまった。

ラルクと名乗った男の言葉の意味するところを考えれば、無理もない。
の吸血鬼ハンターならば、ああ、そうなのだろう。
こいつは、──!

ジェフとスペンサー、二人の子分の不安げな眼差しに気付かないふりをしつつ、トニーの脳内は荒れに荒れた。
こんなふざけた申し出を受ける理由はない。
金貨は喉から手が出るほどに魅力的でも、だって俺達は──

青い顔を上げたトニーと、追加の酒肴を運ぼうとして異様な雰囲気にテーブルのそばで立ち竦んでいる酒場の店主の目が合った。
今の会話を聴かれたか?
どうする?
どうしようもない!
くそったれが──!!

「乗ったぜ、にいちゃんよ」

リーダーの言葉に、手下二人が顔を見合わせた。

「ここまで虚仮にされて引き下がれるか」
「それは頼もしい」

トニーとラルクの視線が友好とは正反対のベクトルでぶつかり合う。

「では、お手並み拝見といこうか。歴戦の吸血鬼ハンター殿」
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