EMPTY DREAM

藍澤風樹

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吸血鬼への鉄槌

一日目

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鮮やかな緑の茂る庭先に椅子を出し、のんびりパイプをくゆらせる老人。
柔らかく温かな陽の光を存分に浴びている内にうとうとと微睡むこの刻こそが、心地良い至福。
これぞ地に満ちる人の子の特権。
そんな人間を襲おうとする吸血鬼魔物などには決して許されぬ愉しみだ。
是が非でも、この平穏を護って貰わねばならない。
そう期待されているのが、

「クソッタレが!!」

村長にあてがわれた借宿の床を抜けそうなほど蹴りつける、『吸血鬼ハンター』のリーダー、トニー・オーギュスタン・シェファー氏。

「落ち着けって。いつだってクールなお頭っぽくねぇぞ」

おろおろするジェフのむさ苦しい髭面も、今のトニーには神経を逆撫でする敵だ。


「吸血鬼が貴男方ハンターに退治されるまで、陽が落ちてからの外出は一切禁ずる、という命令は確かに村に出しましたよ。だって、『それが吸血鬼退治の初歩的ルールだ』とがおっしゃったものですから」

昨日の弱々しかった様子はどこ吹く風の村長は、へつらいの笑みすら浮かべずにしれっとトニーへ言い放った。

「なら、あの胡散臭い男に依頼すりゃいい」

全てを見透かした様に嗤う、黄金色の眼の男に。

「そりゃあ、今から変えられるならそうしたいものですよ。でもあの人が、『吸血鬼ハンターが先に受けた依頼は変えられない。それがルールだ』って仰るもんですからね」

「………」

ルール!
吸血鬼ヴァンパイアハンター共の約束事ルールなぞ知るものか!!

魔女狩りより余程効率よく稼ぎやすい、吸血鬼狩り。
吸血鬼を見つけ出すのに、査問し拷問し仲間を捕らえ──なんて面倒な手間はかからない。
どの村にも大抵一人や二人はいる、病で寝込んで動けぬ者、人付き合いの悪い嫌われ者。
または、夜更けに運悪く出歩いていた者。
そいつらの首を問答無用で刎ね、高らかに宣言するだけだ。
これこそが吸血鬼!
喉元に確かに『犠牲者』たる二つの牙の跡を確認した故、討ち取った!と。
そして、それらの哀れなる『犠牲者』を噛んで逃亡した元凶の吸血鬼を追う為に、慰労と報酬を受け取って村を去る。
その繰り返しルーチンが崩れることなど無かったし、見破られもしなかった。
魔女と違い、吸血鬼退治は教会だけの管轄では無いから、怪しまれたとしてもどうにだって誤魔化せてきたのだから。

それが、今回はどうにも立て直せない。

村長が村に下した布令のせいで夜に出歩く者は一人も無く、怯える村人達の口は重くて誰をかも選べない。
初めての事態に、手下の二人はおろおろするばかりで良い知恵も期待できやしない。
ジェフもスペンサーも、元々がトニーに拾われなければ田舎でいきがるしか能の無かった穀潰し共だ。
多少の学はあれど手駒が欲しかったトニーにとっては、その方が都合が良かった。
こんな事態ハプニングに陥るまでは。


落ち着け。
焦ることはない。
まだ一日が過ぎただけだ。
なあに、いざとなれば逃げちまえばいい。



陽が落ちる刻になっても何の成果も挙げられずへとへとになった体を引きずり、食事とアルコールを摂るために夜でも例外的に開けさせている酒場へ入店した吸血鬼ハンター三人を、黒衣の男が迎えた。
既に昨夜と同じテーブルについて、ワインの杯を傾けている。

「一日目」

ラルクと名乗った男のテーブルを無視しガラガラの店内の奥へ向かおうとした一行の耳を、麗しい声が打つ。

「吸血鬼の目星は付いたかね? ハンター殿」

抗えぬ声に、額に冷たい汗を滲ませたトニーが足を止めた。

「……お前は何者だ? 俺達に絡む目的は何だ?」

トニーの問いに、ラルクは少しだけ唇の端を上げてみせた。
美しさのヴェールに惑わされる、邪悪にも無邪気にも見える笑み。

「名は名乗った。目的も語った。後は何を知りたい?」

「………」

言葉に詰まるトニーと固まる手下達を一瞥し、ラルクは優雅な動作で席を立った。

「あと二日」

棒立ちのままのトニーの耳へすれ違いざまに囁いた後、黒衣の影は古ぼけた店の階段を音も無く上っていった。



「あ…あのう……ご注文は……」

酒場の店主に遠慮がちな声を掛けられ、トニーはようやくラルクが姿を消した階段から目を離した。

「おい、あいつはこの上に泊まってるのか?」

トニーの険しい視線に、店主はこくこくと頷いた。

「は、はい。うちは宿もやってまして……。もっとも、今はこの騒ぎだし、お客はあの人だけですが」


店主の答えに歯を剥き出した笑みを隠しもしないトニーを、既にテーブルについていたジェフとスペンサーは薄気味悪いものでも見るかの様に眺めていた。






その夜、スペンサーが消えた。
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