私が一番近かったのに…

和泉 花奈

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6章:壊れていく音と、あなたの優しさ

46話

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「ありがとう。愁、洗い方上手だね」

「そうかな?俺としては、こうして幸奈に触れることができて幸せ」

ただ一緒にお風呂に入って、身体を洗ってもらっているだけで、私も幸せを感じた。
まさか、愁も同じ気持ちだったなんて、思わなかった。
同じ気持ちだと知り、嬉しかった。私も早く愁に触れたいと思った。

「幸奈、そろそろ洗ってもらってもいいか?」

そうだ…。次は私が愁を洗ってあげる番だ。
愁みたいに優しく洗えるかな?自分以外の身体を洗うのは初めてのことなので、とても緊張している。

「いいよ。やる」

スポンジにボディソープを付けて、泡立たせる。
泡立てやすいタイプのスポンジなため、少量でもそれなりに泡が作れた。

「どこから洗ってほしいとか、何か要望はある?」

まずは要望を聞いてみた。どんなことをしてほしいのか知りたい。愁にも同じようにリラックスしてほしいから。

「背中からお願いします」

背中を洗うために、まずは愁の後ろに回ってバスチェアを置いて座り、泡の付いたスポンジで優しく丁寧に背中を洗っていく。

「力加減は大丈夫ですか?」

強すぎると痛いので、なるべく力は抑えて優しくそっと撫でるように洗った。

「全然大丈夫だ。寧ろ気持ちいいくらいだ」

肩揉みされている、親のような顔をしていた。
どうやらこの洗い方は、本当に気持ちいいみたいだ。

「それならよかった。次はどこがいい?」

「そうだな。次は…」

ゆっくりと丁寧に愁の身体を洗った。洗い終えたので、シャワーで泡を流した。

「ありがとう、幸奈。俺の身体を洗ってくれて」

「いえいえ。それはこちらの方こそです」

「俺、幸奈の手の温度や感触が好きだ。その人の手つきとかで、なんとなく人となりが分かるような気がする。
幸奈は優しさで満ち溢れている人だってことが、手の温度で分かった」

お互いに同じことを感じていたみたいだ。それがとても嬉しかった。
相性が合うとはこのことなのかもしれない。それは身体の相性だけではなく、性格も合っているのではないかと思っている。

「私って優しいのかな?優しいのは愁の方だと思うよ」

「いやいや、幸奈の方が優しいだろう。気配りもできて、人が落ち込んでいる時とか傷ついている時に、そっと優しく手を差し伸べることができる。それって、なかなかできないことだと思う」

それは愁も同じだ。言いたくないことを、その人のためを思って言えるのは、本当の優しさだと思う。

「私はそんなに器用な人間じゃないよ。昔から人の顔色を窺うことしかできないから。
でも、愁は自然と気配りができて、人が集まってくるから、羨ましいなって思う」

似た者同士なのかもしれないが、もちろん違う人間なので、似てない部分もたくさんある。
私達はお互いを尊敬し合っていて、その上でお互いにないものを補えることができる関係だと、私は思っている。

それでも、この曖昧な関係を続けているのは、覚悟が足りないから。
この関係が壊れることが怖くて、なかなか前へ進めない。
きっとその先に進んだとしても、今とあまり変わらないまま、恋人になるんだと思う。
もし、愁と恋人になれたら、もっと堂々と手を繋いで歩くことができるようになり、私の心模様も少しはポジティブに変われるかもしれない。
もうこんな想いは二度としたくないから、私は前へ進むと決めた。

「俺だって、そこまで大それた人間じゃない。幸奈と同じだよ。誰しもそうだと思う。人の顔色を窺わない人間なんていない」

言われてみれば、確かにそうかもしれない。
ということは、愁も私の顔色を窺う時があるということだろうか。
だとしたら、少なからず私のことを意識してくれているということになる。
意識してくれているのだと思うと、今、どんな想いで私の身体を洗っているのか知りたくなった。
もちろん野暮な話なので、今回は聞かないでおくが…。
明日、告白すれば、今まで私をどう想ってきたのか分かる。このお楽しみは、明日までに取っておくことにした。

「誰しも…か。それじゃ愁、私が今、どんな気持ちなのか当ててみて?」

愁を試してみた。私は思いの外、この状況を楽しんでいるみたいだ。
はしゃすぎているのが、自分でも手に取るように分かる。

「んー、そうだな。幸奈は今、楽しそうだ。俺と今、こうしているからかな?」

「そうかもしれないね」

「そっか。それならよかった。さてと、そろそろ上がりますか。充分、温まったし」

少し長く浸かりすぎてしまったみたいで、身体が熱い。
それからすぐに着替えて、ベッドへ直行した。もちろん、一つのベッドで一緒に眠る。

「失礼します…」

先に布団に入った愁の横に失礼する。私が横になる前に、愁の腕が下に敷かれ、私はその上に頭を乗せる。自然と距離が近くなった。

「幸奈を抱き枕にしてやる」

お互いの心臓の音が聞こえる。愁も緊張していることが伝わってきた。

「腕、大丈夫?疲れない?」

緊張しているせいか、空回りしてしまう。
そんなことを言われたら、逆に愁が気を使ってしまうというのに…。

「大丈夫だ。この方が落ち着く」

疲れているせいか、ここ最近の愁は甘えてくることが多い。きっと癒されたいのかもしれない。
もし、私と一緒に居ることで癒されるのであれば、私が愁を癒してあげたい。

「それならよかった。私もこの方が落ち着く」

愁の心臓の音を聞いていると、何故か落ち着く。愁が傍にいると実感できることで、落ち着くのかもしれない。

「話を聞いてくれてありがとう。幸奈のお陰で心が救われた」

ずっと抱えていた胸の奥にある想い。一度、全てを吐き出したことにより、愁の中で何かが大きく変わり始めたのかもしれない。
私の中でも大きく変わり始めた。決めたんだ。今度こそ言うんだって。
もし、ダメだったら、潔く身を引き、普通のお友達に戻れるように、今は前を向いていたい。

「ううん、こちらこそ話してくれてありがとう。また何かあったら、頼ってくれると嬉しいな」

なんて気前のいいことを言ってはみたが、自信なんてない。本当はまだ不安だ。
このまま愁が、私の傍を離れていってしまうという不安も、心の奥底に眠っている。

「そうさせてほしい。今回のことで改めて気づかされたんだ。俺には幸奈がいないとダメなんだって」

きっと深い意味なんてない。友達として、私がいないとダメなんだと思う。
だから、期待なんてしない。期待なんて…。ダメだ。もう手遅れだ。私、完全に期待してしまっている。今すぐにでも好きだって想いが、溢れ出してしまいそうになる。

「本当に?私も愁がいないとだめだよ」

これじゃ、好きだって気持ちをバラしているようなものだ。
でももう気持ちを抑えきれなかった。好きな人にこんなふうに言われてしまったら無理だ。

「うん。本当。俺にとって幸奈は、必要な存在だよ」

私はとっくに愁が必要な存在だ。
ねぇ、愁。期待してもいいの?そう勘違いしてしまいそうになった。

「ありがとう、そう言ってくれて。これからも私でよければ、いつでも頼ってね」

「おう。これからもそうさせてもらうわ」

好きな人に頼ってもらえるのは嬉しい。
私の中に独占欲が生まれた。もう彼女には渡したくないと。

「なぁ、幸奈ってさ、」

急にどうしたのだろうか。ずっと真面目な話をしていたので、つい身構えてしまう。
これからどんなことを聞かれるのだろうかと…。

「本当に一人でしたことないの?」

え?どうして、そういう話の流れになるの?!
今までの空気が台無しである。全くもう愁ってば…。

「急にどうしたの?ないけど」

「マジで?!女の子ってしないもんなんだな」

何故、そういう話の流れになったのだろうか。愁の意図が読めなかった。

「ごめん。野暮なこと聞いちゃって…」

「全然、大丈夫だよ」

「明日、お弁当よろしくな。楽しみにしてる」

都合が悪くなった途端、話題を無理矢理、変えてきた。
真面目な話をしたかと思いきや、唐突の猥談…。
愁らしいなと思った。そんなところが改めて好きだと思い知らされた。

「うん。楽しみにしてて。明日、お弁当ちゃんと届けるので」

「あぁ。よろしく。それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

疲れていたせいか、愁はすぐに眠りについてしまった。
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