幻想マジックオーケストラ

科虎はじめ

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第二話

放っておけば流れるままに

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 昼時になれば通りは腹を空かせた者で溢れ、食べ物のいい匂いが広がる。
 どの屋台もハイドの目を奪った。
 「看守長」
 ハイドは前を歩くワァンを呼び止める。
 「いい加減その呼び方はよせ」
 「あ、そうだ。すみません」
 「ワァンさんでいい」
 「じゃあワァンさん。なにか食べましょうよ。全部うまそうで我慢が限界です」
 「我慢しなさい」
 「えー、勘弁してくださいよ。ついこの間まで餓死寸前だったじゃないですか」
 「わたしたちには使命がある。それを忘れるな」
 ハイドは肩を落とす。するとワァンが肩に手をおいた。
 「わかった。少し休もう」
 「はい」
 ハイドも忘れたことなど一度もなかった。

 気がつけば浜辺だった。
 全身に痛みが走り起き上がることすら容易ではなかった。
 まずはその痛みが本物であるのを何度も確認した。
 あれは悪夢ではなかったのだと確信させられた。 
 顔を動かしてワァンを探した。
 波打ち際にうつ伏せで倒れるワァンがいた。
 その少し先には救命ポットが砂浜に突き刺さっていた。
 着地した時にドアが開いて飛ばされたのだ。
 ダメだ。動けない。このまま起き上がればどこかの骨が折れそうだった。
 ワァンが少し動いた。
 よかった。生きている。
 そしてまた意識を失った。
 次に目覚めたときは夜だった。
 小さな気泡が弾ける音がした。
 見ればワァンが焚き火をおこしていた。
 「気づいたか」
 どこで捕まえたのか魚を串に刺して火であぶっている。
 海水を植物の葉で作った器に入れ、それを火の近くに置いて蒸発を促し塩を精製していた。
 ワァンは体を起こすのを手伝ってくれた。
 木の葉を重ねたソファーにもたれさせてくれた。
 「ここはどこですか」
 「さあな。マントルの周辺にはたくさん孤島があるからな。そのうちのどれかだろ」
 「看守長は怪我はありませんか」
 「こういうときのために丈夫に出来てるから心配ない。おまえこそどこか痛むか」
 「全身が痛みます」
 ワァンは笑った。
 「命があるだけましだって思わないとな」
 「これからどうするんですか」
 「まずは状況を確認する。おまえの体が回復するのを待ってからこの島を出る。どこか街を見つけてマントルで起こったことを伝えないとな」
 「そのあとはどうするつもりです。早くマントルを取り戻さないと」
 「もう手遅れだ」
 「そんな。でもまだわからないじゃないですか」
 「わからないだと。あの闇のうずがどこから来てどこに通じているか、おまえにわかるとでも言うつもりか。そんなこと常人にはわかるはずもない」
 「じゃあ軍の力とか借りればあれを倒せるんじゃ」
 「無駄だ。物理的なアプローチは効かない」
 「どうするつもりですか」
 「当てはある」
 「なんです」
 「それは後の話だ。まずは体を休めろ。しばらくここで生活もすることになる。今日は休め」

 紙にある通りにしゃべろ。
 ワァンにはそれだけ言われた。
 ハイドはワァンが書いた原稿を手に通信機に向かった。
 「こちらはマントルの監視員だ。数日前、マントルはうずに奇襲された。黒いうずであらゆる物体を飲み込んだ。応戦したがまるで歯が立たなかった。避難しようにもここまでの事態は想定外だった。実際生き残ったのはわたしだけだのはずだ。あれがなんであるか皆目検討もつかない。マントルを襲う理由すらその様子からは察しもつかなかった。おそらく軍も信号を拾って駆けつけてくれたと思う。スクランブルではうずには及ばない。もしも体制を取るなら空で編成することを助言する。地上ではあれに飲み込まれて終わる。最後に重要なことをひとつ。あれは光を嫌う。光ならなんでもいい。死滅させるには至らなかったが、活動を停止させることができる」
 読み終えたあと、ワァンは静かに通信機を切った。
 深くうなずき無言でその場を後にした。
 ワァンの頭のなかと同期した気分だった。

 巨大ステーキが運ばれる。鉄板の上で肉が汗をかく。
 「目的の場所って隣街でしたよね」
 ハイドは口を動かして言う。
 「そうだ」
 「どうしてそんなに急ぐんですか」
 「特に奴は放っておけばどこまでも流れて行きそうだからな」
 「なんですかそれ」
 「幻想マジックオーケストラの指揮者のことだよ」
 「エディターの力を借りようとしてるんですか。それで国には戻ろうとしなかったんですね」
 ワァンは黙って肉をほおばった。
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