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第一話
宰相と将軍
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控え目な青色で統一された宰相室にはいくつも椅子が置かれている。
抱えきれなくなった問題を頭をもたげながら部屋の扉をたたく者はアトを絶たない。
日に多くの人間が訪れることもあり、ときには長い待ち時間が流れる。
その日は珍しくミーサーだけが青い部屋で差し手盤を差しながら時間を気にすることなく話をしていた。
「マントルが消えて一ヶ月か」
ミーサーは差し手をひとマスだけ進ませる。
いつもは攻め過ぎて懐に入り込んだところを刺される。
たまには慎重にいくのも悪くなかった。
「ええ」
「生き残りは見つかってないのか」
「ええ」
「もっとも誰か生き延びた者がおるのかも知れたものではないがな」
「ええ」
「相変わらず話を上の空で聞きやがって。いっそおまえの名前をラクタルからエエにしてやろうか」
「ええ」
「こりゃだめだな」
ミーサーは肩を落とす。
「しかし軍に通報してきた地点はマントルから相当離れた陸地からでした。声の限りではまだ若い守衛です。そこに看守長のワァンもいたのではと」
「なぜわかる」
「ええ、それは言い回しです。声音は青二才でも言葉は的確でした。軍の警備態勢のランクにまで言及してきました。国務に遣える者でもごく一部の者でしか到底知り得ません」
「誰だ」
「おそらくワァンでしょう」
「あやつか」
「ええ」
「そうか。ワァンも生き延びたか」
「ええ」
「しかしなぜ姿を見せない」
「見せられない理由があるのでは」
「まさか例の件をまだ根に持ってるのか」
「ええ。そう思いますよ。彼にしてみれば自分の縄張りを荒らされた気持ちでしょうからね」
「なにを言う。マントルは国の施設だ。勝手に愛着を持つのは構わんが私物化されたのでは敵わんぞ」
「そういう意味じゃないですよ。わたしいが申し上げたいのは、それぐらいの意気込みでないとあの地獄を管理監督することはできないって意味ですよ」
うむ。ミーサーは腕を組む。
「で、マントルが消えた本当のところはなんだ」
「通報の通りだとすれば、うずに飲み込まれた。最初は海上で巨大な竜巻でも起きたかと思いましたがその後に続く証言からそうではないと判明しています」
「軍が駆けつけたときにはすでに座標からすべてが消えていた。こんなことが起こりえるのか」
「起こっているのだから仕方ないではないですか。世の中なんておよそほとんどが事後的に展開されるのですから」
「本当にそうと言えるか」
ミーサーはラクタルを鋭く見据えた。
「どういう意味です」
「たとえば計画ではなかったにしても、あらかじめ予期していたのではないのか」
「なぜそう思うのです」
「罪人ごときを鎮めさせるためにエディターを送ったのはおまえではないか。異星の調査を急かしてそのエディターをあの地点から連れ戻すように指示したのもおまえだ」
「その通り。そして彼らを連れ戻すのに失敗したのはあなた」
「負け惜しみか」
「いえ、無知なあなたにお灸をすえているのですよ。それ以上首を突っ込まないほうがよろしいと」
ラクタルはコマを差した。
すかさずミーサーは差し返す。
どうしたことか今日はしぶとい。
「異星も観測を続けるとあの地点と常に結ばれている。偶然の摂理が働いているにしても不自然だし目に留まる。もしかしてあそこになにかあるのではないのか」
「そう疑われるのなら探られたらよろしい。あなたには国王より軍を自在に動かせる権限が与えられている。その力をもってすればあの海域をくまなく調査することなど造作ないではないですか」
「力を与える代わりに知恵は与えない。おまえや王政の舵を握る連中の頭の中などお見通しだ」
「これ以上お互いに探りを入れるのはやめるとしませんか。今日はせっかく静かな日だと思っていたのですから。それにあなたには彼らを探すという仕事があるではないですか。そっちはどうなっているんです」
「順調だ」
「もう何年も経つのにいまだにひとりも見つけるられていないのにそれのどこが順調なんです。それに追手をすでに数名殺されています」
「口出し無用」
「おや、さっきまであなただってわたしの仕事に口出しをしていたではないですか。都合が悪くなればすぐにこれだ」
「うるさい。もともとおれたちは軍だ。捜索が専門じゃない。異星を火力で攻撃する許可さえくれればいつまでもじれったいままいなくて済むんだ」
「ミサイルを撃ち込んでどうこうなるレベルの星ではありません」
「それならいっそのこと、鑑賞物として放っておけばよかろう」
「そういうわけにはいかなんですよ。これは国王の命令なんですから」
ラクタルは盤上の隙見つけてコマを差す。
「詰みですね」
「頭じゃ敵わんな」
ミーサーは席を立つ。
上からラクタルを見下ろす。
食えない笑みを浮かべている。
この男はいつもそうだ。いつも涼し気な顔をして相手に心のうちを明かそうとしない。
時折だが心がないようにも思える。
相談に来た自分が悪かった。
せっかく部屋に来る来訪者を敷地の前で部下に追い返させたというのに。
結局なにも聞き出せなかった。
「邪魔をした。また来る」
「ええ」
抱えきれなくなった問題を頭をもたげながら部屋の扉をたたく者はアトを絶たない。
日に多くの人間が訪れることもあり、ときには長い待ち時間が流れる。
その日は珍しくミーサーだけが青い部屋で差し手盤を差しながら時間を気にすることなく話をしていた。
「マントルが消えて一ヶ月か」
ミーサーは差し手をひとマスだけ進ませる。
いつもは攻め過ぎて懐に入り込んだところを刺される。
たまには慎重にいくのも悪くなかった。
「ええ」
「生き残りは見つかってないのか」
「ええ」
「もっとも誰か生き延びた者がおるのかも知れたものではないがな」
「ええ」
「相変わらず話を上の空で聞きやがって。いっそおまえの名前をラクタルからエエにしてやろうか」
「ええ」
「こりゃだめだな」
ミーサーは肩を落とす。
「しかし軍に通報してきた地点はマントルから相当離れた陸地からでした。声の限りではまだ若い守衛です。そこに看守長のワァンもいたのではと」
「なぜわかる」
「ええ、それは言い回しです。声音は青二才でも言葉は的確でした。軍の警備態勢のランクにまで言及してきました。国務に遣える者でもごく一部の者でしか到底知り得ません」
「誰だ」
「おそらくワァンでしょう」
「あやつか」
「ええ」
「そうか。ワァンも生き延びたか」
「ええ」
「しかしなぜ姿を見せない」
「見せられない理由があるのでは」
「まさか例の件をまだ根に持ってるのか」
「ええ。そう思いますよ。彼にしてみれば自分の縄張りを荒らされた気持ちでしょうからね」
「なにを言う。マントルは国の施設だ。勝手に愛着を持つのは構わんが私物化されたのでは敵わんぞ」
「そういう意味じゃないですよ。わたしいが申し上げたいのは、それぐらいの意気込みでないとあの地獄を管理監督することはできないって意味ですよ」
うむ。ミーサーは腕を組む。
「で、マントルが消えた本当のところはなんだ」
「通報の通りだとすれば、うずに飲み込まれた。最初は海上で巨大な竜巻でも起きたかと思いましたがその後に続く証言からそうではないと判明しています」
「軍が駆けつけたときにはすでに座標からすべてが消えていた。こんなことが起こりえるのか」
「起こっているのだから仕方ないではないですか。世の中なんておよそほとんどが事後的に展開されるのですから」
「本当にそうと言えるか」
ミーサーはラクタルを鋭く見据えた。
「どういう意味です」
「たとえば計画ではなかったにしても、あらかじめ予期していたのではないのか」
「なぜそう思うのです」
「罪人ごときを鎮めさせるためにエディターを送ったのはおまえではないか。異星の調査を急かしてそのエディターをあの地点から連れ戻すように指示したのもおまえだ」
「その通り。そして彼らを連れ戻すのに失敗したのはあなた」
「負け惜しみか」
「いえ、無知なあなたにお灸をすえているのですよ。それ以上首を突っ込まないほうがよろしいと」
ラクタルはコマを差した。
すかさずミーサーは差し返す。
どうしたことか今日はしぶとい。
「異星も観測を続けるとあの地点と常に結ばれている。偶然の摂理が働いているにしても不自然だし目に留まる。もしかしてあそこになにかあるのではないのか」
「そう疑われるのなら探られたらよろしい。あなたには国王より軍を自在に動かせる権限が与えられている。その力をもってすればあの海域をくまなく調査することなど造作ないではないですか」
「力を与える代わりに知恵は与えない。おまえや王政の舵を握る連中の頭の中などお見通しだ」
「これ以上お互いに探りを入れるのはやめるとしませんか。今日はせっかく静かな日だと思っていたのですから。それにあなたには彼らを探すという仕事があるではないですか。そっちはどうなっているんです」
「順調だ」
「もう何年も経つのにいまだにひとりも見つけるられていないのにそれのどこが順調なんです。それに追手をすでに数名殺されています」
「口出し無用」
「おや、さっきまであなただってわたしの仕事に口出しをしていたではないですか。都合が悪くなればすぐにこれだ」
「うるさい。もともとおれたちは軍だ。捜索が専門じゃない。異星を火力で攻撃する許可さえくれればいつまでもじれったいままいなくて済むんだ」
「ミサイルを撃ち込んでどうこうなるレベルの星ではありません」
「それならいっそのこと、鑑賞物として放っておけばよかろう」
「そういうわけにはいかなんですよ。これは国王の命令なんですから」
ラクタルは盤上の隙見つけてコマを差す。
「詰みですね」
「頭じゃ敵わんな」
ミーサーは席を立つ。
上からラクタルを見下ろす。
食えない笑みを浮かべている。
この男はいつもそうだ。いつも涼し気な顔をして相手に心のうちを明かそうとしない。
時折だが心がないようにも思える。
相談に来た自分が悪かった。
せっかく部屋に来る来訪者を敷地の前で部下に追い返させたというのに。
結局なにも聞き出せなかった。
「邪魔をした。また来る」
「ええ」
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