幻想マジックオーケストラ

科虎はじめ

文字の大きさ
2 / 5
第一話

宰相と将軍

しおりを挟む
 控え目な青色で統一された宰相室にはいくつも椅子が置かれている。
 抱えきれなくなった問題を頭をもたげながら部屋の扉をたたく者はアトを絶たない。
日に多くの人間が訪れることもあり、ときには長い待ち時間が流れる。
 その日は珍しくミーサーだけが青い部屋で差し手盤を差しながら時間を気にすることなく話をしていた。
 「マントルが消えて一ヶ月か」
 ミーサーは差し手をひとマスだけ進ませる。
 いつもは攻め過ぎて懐に入り込んだところを刺される。
 たまには慎重にいくのも悪くなかった。
 「ええ」
 「生き残りは見つかってないのか」
 「ええ」
 「もっとも誰か生き延びた者がおるのかも知れたものではないがな」
 「ええ」
 「相変わらず話を上の空で聞きやがって。いっそおまえの名前をラクタルからエエにしてやろうか」
 「ええ」
 「こりゃだめだな」
 ミーサーは肩を落とす。
 「しかし軍に通報してきた地点はマントルから相当離れた陸地からでした。声の限りではまだ若い守衛です。そこに看守長のワァンもいたのではと」
 「なぜわかる」
 「ええ、それは言い回しです。声音は青二才でも言葉は的確でした。軍の警備態勢のランクにまで言及してきました。国務に遣える者でもごく一部の者でしか到底知り得ません」
 「誰だ」
 「おそらくワァンでしょう」
 「あやつか」
 「ええ」
 「そうか。ワァンも生き延びたか」
 「ええ」
 「しかしなぜ姿を見せない」
 「見せられない理由があるのでは」
 「まさか例の件をまだ根に持ってるのか」
 「ええ。そう思いますよ。彼にしてみれば自分の縄張りを荒らされた気持ちでしょうからね」
 「なにを言う。マントルは国の施設だ。勝手に愛着を持つのは構わんが私物化されたのでは敵わんぞ」
 「そういう意味じゃないですよ。わたしいが申し上げたいのは、それぐらいの意気込みでないとあの地獄を管理監督することはできないって意味ですよ」
 うむ。ミーサーは腕を組む。
 「で、マントルが消えた本当のところはなんだ」
 「通報の通りだとすれば、うずに飲み込まれた。最初は海上で巨大な竜巻でも起きたかと思いましたがその後に続く証言からそうではないと判明しています」
 「軍が駆けつけたときにはすでに座標からすべてが消えていた。こんなことが起こりえるのか」
 「起こっているのだから仕方ないではないですか。世の中なんておよそほとんどが事後的に展開されるのですから」
 「本当にそうと言えるか」
 ミーサーはラクタルを鋭く見据えた。
 「どういう意味です」
 「たとえば計画ではなかったにしても、あらかじめ予期していたのではないのか」
 「なぜそう思うのです」
 「罪人ごときを鎮めさせるためにエディターを送ったのはおまえではないか。異星の調査を急かしてそのエディターをあの地点から連れ戻すように指示したのもおまえだ」
 「その通り。そして彼らを連れ戻すのに失敗したのはあなた」
 「負け惜しみか」 
 「いえ、無知なあなたにお灸をすえているのですよ。それ以上首を突っ込まないほうがよろしいと」
 ラクタルはコマを差した。
 すかさずミーサーは差し返す。
 どうしたことか今日はしぶとい。
 「異星も観測を続けるとあの地点と常に結ばれている。偶然の摂理が働いているにしても不自然だし目に留まる。もしかしてあそこになにかあるのではないのか」
 「そう疑われるのなら探られたらよろしい。あなたには国王より軍を自在に動かせる権限が与えられている。その力をもってすればあの海域をくまなく調査することなど造作ないではないですか」
 「力を与える代わりに知恵は与えない。おまえや王政の舵を握る連中の頭の中などお見通しだ」
 「これ以上お互いに探りを入れるのはやめるとしませんか。今日はせっかく静かな日だと思っていたのですから。それにあなたには彼らを探すという仕事があるではないですか。そっちはどうなっているんです」
 「順調だ」
 「もう何年も経つのにいまだにひとりも見つけるられていないのにそれのどこが順調なんです。それに追手をすでに数名殺されています」
 「口出し無用」
 「おや、さっきまであなただってわたしの仕事に口出しをしていたではないですか。都合が悪くなればすぐにこれだ」
 「うるさい。もともとおれたちは軍だ。捜索が専門じゃない。異星を火力で攻撃する許可さえくれればいつまでもじれったいままいなくて済むんだ」
 「ミサイルを撃ち込んでどうこうなるレベルの星ではありません」
 「それならいっそのこと、鑑賞物として放っておけばよかろう」
 「そういうわけにはいかなんですよ。これは国王の命令なんですから」
 ラクタルは盤上の隙見つけてコマを差す。
 「詰みですね」
 「頭じゃ敵わんな」
 ミーサーは席を立つ。
 上からラクタルを見下ろす。
 食えない笑みを浮かべている。 
 この男はいつもそうだ。いつも涼し気な顔をして相手に心のうちを明かそうとしない。
 時折だが心がないようにも思える。 
 相談に来た自分が悪かった。
 せっかく部屋に来る来訪者を敷地の前で部下に追い返させたというのに。
 結局なにも聞き出せなかった。
 「邪魔をした。また来る」
 「ええ」
 


 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

物語は始まりませんでした

王水
ファンタジー
カタカナ名を覚えるのが苦手な女性が異世界転生したら……

その国が滅びたのは

志位斗 茂家波
ファンタジー
3年前、ある事件が起こるその時まで、その国は栄えていた。 だがしかし、その事件以降あっという間に落ちぶれたが、一体どういうことなのだろうか? それは、考え無しの婚約破棄によるものであったそうだ。 息抜き用婚約破棄物。全6話+オマケの予定。 作者の「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹が登場。というか、これをそっちの乗せたほうが良いんじゃないかと思い中。 誤字脱字があるかもしれません。ないように頑張ってますが、御指摘や改良点があれば受け付けます。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...