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第九章
一
師父との再会から一年近くの時が経っていた――
天正九年(一五八一年)、主君である龍造寺隆信は家督を長子政家(まさいえ)にゆずって須古(すこ)城に隠退した。ただし、ようやく気のゆるみが見えて詩歌管弦猿楽に打ち興じ、酒色に溺れていたという通説は、事実からはほど遠い。隆信の隠退は、戦国大名としての器量にやや不安のある政家への権力委譲を完遂するためのものだった。事実上、隆信・政家の二頭政治が行われ、前者も終始精力的に活動している。
――そんななか、大きな戦もなく三蔵たちは比較的平穏に日々を過ごしていた。
境界線を巡る小競り合いなどでも目覚しい活躍をみせ、百武賢兼とその家臣たちの信用を得ている。
また、
「そこ、棍を立てて突きを受け流す」
悟空の指示が飛んだ――兵法指南を行うようにもなっていた。
力丸大吉と渡邊右近が、城の庭で棍を交えている。戦では槍が長柄武器が主力武器となり、その穂先が斬り飛ばされたときには残された棒でもって戦わなければならない――そういったときに、悟空の教える棍の操作法を身につけておけば生き残る確率があがる。そういった事情があり、彼の兵法の教授は喜ばれていた。
またその脇では、
「さっきも云ったであろう、『親指は軽く曲げて手裏剣を支えるだけで、余分な力を込めるな』」
三蔵が手裏剣術の指導を行っている。体に馴染んだ得物の方が遣いやすいのは確かだが、投擲武器であれば彼女は手足同然に操ることができる。だから、それを教える指導役を務めている。
――士の投げた棒手裏剣が的に向かって跳んだ。木の板に墨で中央に点を、その周囲に輪を描いた代物で、その枠のぎりぎりに切っ先が突き刺さる。
手裏剣術は三不過術といわれ、三本打って一本命中すればよいという兵法であるからこれはいたしかたない。百発百中の三蔵の神業がかった技の方が異常なのだ。
「うむ、よく励んでおるようだな」
声にふり向くと、庭に主の賢兼が姿を現していた。その顔には満足げな笑みが浮かんでいる。
こんな表情を向けられるなど、かつては考えられなかったことだ。
一
師父との再会から一年近くの時が経っていた――
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――そんななか、大きな戦もなく三蔵たちは比較的平穏に日々を過ごしていた。
境界線を巡る小競り合いなどでも目覚しい活躍をみせ、百武賢兼とその家臣たちの信用を得ている。
また、
「そこ、棍を立てて突きを受け流す」
悟空の指示が飛んだ――兵法指南を行うようにもなっていた。
力丸大吉と渡邊右近が、城の庭で棍を交えている。戦では槍が長柄武器が主力武器となり、その穂先が斬り飛ばされたときには残された棒でもって戦わなければならない――そういったときに、悟空の教える棍の操作法を身につけておけば生き残る確率があがる。そういった事情があり、彼の兵法の教授は喜ばれていた。
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「うむ、よく励んでおるようだな」
声にふり向くと、庭に主の賢兼が姿を現していた。その顔には満足げな笑みが浮かんでいる。
こんな表情を向けられるなど、かつては考えられなかったことだ。
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