真田の傀儡子(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 夜、夕餉も終わり、暮れていく空の色と炎の色がかさなる景色のなか、尚勝は焚き火のそばで“御守り”を手にして見つめた。
 今日も、生き延びることができた――そのまなざしには感謝の念がこめられている。
 御守りは、一房(ひとふさ)の髪を切って両端をひもでむすんだ物だ。
「髪は、音が“神”に通じます。どうか、これを私だと思い、御守りとしてお持ちください」
 そう告げて、“妻”が尚勝に持たせてくれた品。
 ――そう、渠は妻帯していた。
 主である昌幸の進めで、病で早くに両親を亡くし、兄も戦で失くした家中の武家の娘を娶ったのだ。

「あなた様が数々の不幸にみまわれたことは承知しております」
 顔を合わせるなり、温和な顔立ちの娘は言い放つ。
 むろん、尚勝は面食らった。
 なんとも、無礼な物言いだ――あっけにとられながらも、頭の片隅でそんなことを思う。
「失くすことは辛(つろ)うございます」
 だが、温和な顔立ちの娘の、ハッとさせられるような真剣なまなざしに気づいて尚勝の相手への苛立ちは雲散霧消した。
「今あるものすら、失くすのではないかと怖くなりまする」
 武士となったゆえに尚勝が口にすることが許されない言葉を、娘はこちらの代わりを果たそうとするように発した――初対面だというのに。
「それでも――生きておりまする。私も……あたな様も」
「ああ」
 理屈ではなく、そうすべきだと思って尚勝は彼女の言葉を肯定する。
 その先を聞きたいと強く強く強く思った。
「されば、あきらめること、逃げることを止めにいたしましょう」
「止めにする?」
「また、痛い思いをするのかもしれませぬ。人の生というのは失くすことばかりなのやもしれませぬ――それでも、前を向きませぬか? ともに、幸せになりませぬか?」
「……」
 娘の言葉に、尚勝は絶句する。
 強い、と彼女に対しそんな印象を抱いた。
 幸せになりたい、幸せになろう、などとたいした苦難にみまわれたこともない者が口すれば鼻で笑っただろう。
 だが、病で二親を亡くし、兄を戦で亡くしてなお、先のせりふを発することのできる心――それはまるで、名工の生み出した業物の大刀のごとく強靭で美しい。
「――ああ」
 尚勝は気の利いた言い回しなど思い浮かばず、ただ大きくうなずいた。
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