渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走

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 ぶつかる。地面に石が。平太の一撃は鹿から三間ほど脇にそれていた。とたん、驚いた鹿が跳び上がり踵を返して逃げ出す。見ている者の気持ちの問題なのだろうが、獣の動きはどこか自分を小馬鹿にしているように思えた。やがて、鹿の姿は遠ざかって野山の緑の中に紛れる。
 畜生などといって人の下に獣を置いているが――鳩も鹿も、その気になればこの天地のいずこでも生きていけるのだ。餌場の不足で人里に現れるとはいえ、一所にとどまる必要はない。
 肺腑が熱を帯びてくる。鍬をふるう莫迦らしさが、我慢の上限を超えた。平太は鍬を放り出し、畑の脇の畦道へと向かう。
 道端には露草が花を閉じて朝露を待ちわびて暑さに耐えていた。その近くに弁当などと並んで木剣が無造作に置かれていた。木剣の柄に手を伸ばす。その硬い感触にどこか安らぎをおぼえた。そんなはずもないが、本気になってふるえばこの退屈な檻を一撃のもとに破壊できるような気がするのだ。
 その実現を目指すように上段に木剣をとるや電光の速度でふりおろす。
 先ほどの鹿も――刃圏内に踏み込んでいれば一刀のもとにほふってやったものを。雁殺しをもいちても兎一羽まともに仕留められない、と幼いころから集落の同世代の者に笑われてきた記憶がふいにわきあがり木剣を握る手に力がこもった。
“力み”というのは剣術においては大敵だ。それを容易にあらわしてしまう自分は剣術も未熟だ、と苦い思いが脳裏をかすめる。
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