渡世人飛脚旅(小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品で)

牛馬走

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 時間は少しさかのぼる。朽ちた、名主の物らしき家屋の前で又一郎は血にまみれたふたつの死体を目の当たりにすることになった。
 三度笠に道中合羽という出で立ちをした彼らには見覚えがある。周太のもとで渡世人飛脚の仕事を請け負う無宿の者たちだ。
 刹那、視界に煌めくものが生じる。早(はや)――又一郎はすでにその場から退いていた。虚空を手槍が通り過ぎる。
 又一郎は槍の飛来した方向に視線は向けなかった。
 名主の屋敷をまわって左右から複数の人影が湧いて出たのに気づいていたためだ。奇襲にしろ、新たな敵の出現にしろ殺気から感知していた。
 駆けてくる破落戸たちは一様に手槍をにぎっている。
「どうでえ、槍衾一家の調練の行き届き具合は?」
 乾分に一拍遅れる形で、槍を投じた相手であろう固太りの男が名主の屋敷の縁側から姿を現した。
 が、相手が言葉を終えるより早く又一郎は短刀を放っている。親分らしき男が口を閉ざすと同時に、その脇に刃が生えていた。
 ちっ、仕留めそこねたか――又一郎は舌打ちする。大勢が相手なら足並みを乱すのが常道だ。が、それに失敗した。まんざら兵法の心得がない訳でもないらしく、反射的に敵は身を捻っていた。
 槍衾一家といやあ――もともと家中の士だった男が、自分が学んだ戦場往来の槍使いを乾分たちに教えて油断のならない手下として鍛え上げていると伝え聞いていた。
 評判通りに、駆け寄ってきた破落戸たちは槍衾をなしてこちらと距離を詰めてくる。まともに遣り合えば付け入ることすら許さない構えだった。
「糞、やっちまえ。手練れの先生方が折悪く出入りに出ちまっちゃいるが、おめえらの槍衾だって捨てたもんじゃねえだろう」
 親分が顔を赤くしながら怒鳴り、それに乾分たちが気合いの声で応じる。
 瞬間、又一郎は腰につるしていた革袋に手を突っ込んでいた。電光の速度で腕がひるがえる。
 とたん、悲鳴が槍衾の連中からわいて構えが崩れた。
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