忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

文字の大きさ
15 / 141

15

しおりを挟む
● ● ●

 始まりは高丸領京極家との境目争いだったという。
 塩飽という土地は太閤秀吉に朱印状を賜ったことにはじまり、東照大権現家康にもひきつづき自治が認められた。住民は百姓という括りになるものの、元々は村上水軍傘下にあり要は海賊衆だ。
 しかし、時代は流れた。当人たちはともかくとして、周辺の大名家にしてみれば塩飽の住民はあくまで百姓、漁民に過ぎない。
 彼らが自治する島、というのは要は後ろ盾を欠いた脆い存在に映る。
 ためにその漁場を奪おうと境目争いを仕掛けられる仕儀となったのだ。元来が、海という境界線の線引きのむずかしい場所が余計にそれをうながした。
 しかし、士農工商と身分が分けられているとはいえ、百姓というのは決してか弱いだけの存在ではない。何か不満があれば訴訟に持ち込むことも辞さなかったし、海賊衆の子孫が軟弱なはずがなかった。
 が、彼らにとって誤算だったのは相手方があまりにも強硬だったことだ。思ってもみなかった手段に讃岐高丸領京極家は出た。

「俺の倅が拐(かどわか)された」
 と語るのは、若き島年寄の男だ。
 赤銅色の肌はいかにも海に生きる者の風貌をし、精悍な顔立ちが海賊衆の裔という話をなんとなく裏付けているような気にさせる。
 場所は塩飽島の東端に位置する人が住まう地域そこに建つ、長屋門を持ち本瓦葺で意匠の凝らされている島年寄の男の屋敷だ。この場所に到着した小平次たちを待っていたのが、先の話だった。
 宮本瀬兵衛と名乗った相手の顔つきには焦燥の色がうかがえる。鱶を目の当たりにしてもおびえを見せなさそうな相手だけに、余計に痛々しく小平次の目には映った。
「俺はいい、孫作さんの世話してくれた仁を信じて待つこともできる」
 それでも気丈に彼は言葉をかさねる。瀬兵衛の人柄だけでなく、孫作の人間性も間接的に伝わってきた。塩の商いを通じての関係だと聞いているが、それだけでこれだけの信頼を得られるのはよほど孫作が真摯に商売に励んでいる証だ。
「だけどよ、島の連中はとうに暴発寸前だ。高丸領京極家の嫌がらせじみたおこないに頭に来てたとこに今度のことだ、『船で攻め寄せてやる』なんぞと逸る者もいる」
 事態は思っていた以上に切迫しているようだ、と小平次は瀬兵衛の相手をしている吟からすこしさがった位置で冷静にようすを観察しながら思った。
 だが、他方で小平次は血が熱をあげ身悶えするように騒ぐのを感じている。
 いざ、忍び働きを間近にすると、やはり総身に活力が行き渡るような感覚をおぼえた。
 それから、小平次たちは瀬兵衛に「なにか倅の匂いが染みついた品はないか」とたずねた。「匂い?」と聞き返しながら少し遠い目をした瀬兵衛は「倅が落としていった草履でもいいのか」と確認の言葉を口にした。
 小平次たちは重左エ門のへと視線を向ける。「むろん」の一言が彼の返答だった。重左エ門は他人とのやり取りを単語の単位でしか交わさない変わり者だ。瀬兵衛から草履を受け取ると、表に待たせていた犬の吉足(よしたり)のもとに重左エ門はそれを持っていき匂いを嗅がせる。
 吉足は後世の犬に比べるといくつかの相違があった。頭蓋骨、四肢骨ともに頑丈で、前頭部から鼻にかけての段差が小さい。また、顔の幅がせまく口もとが太い。耳は小さく立っており、尾は巻き尾だった。ちなみに毛の色は『今昔物語集』においては霊獣として扱われることが多かった白だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...