忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「進まねえと、どこにも着かねえからな。だったら、櫂を精一杯動かすしかねえだろ。もちろん、考えなしに進むのはたわけのすることだがよ」
 と、そこに騒がしい気配が近づいてきた。駆け足の音が屋敷の表に到達し、表の戸を叩くのが聞こえてくる。前者はともかく後者の物音は瀬兵衛にすら察知できる大きさだった。
 一瞬、小平次は瀬兵衛と目線を交わしどちらともなしに音の源に向けて駆け出す。
 戸口の脇から現れら彼らに、提灯を持った島民のひとりは一瞬体を硬直させたが正体に気づくとあわてたようすで口を開いた。
「大変だ、年寄様。複数の舟がこの舟めがけて近づいてる」
 若い島民の男が声を上ずらせる。
「舟だと?」
「そうだ、又三の爺様が刃物の光が舟の上に見えたっていってる。『賭場で刃傷沙汰があったときに見た光と一緒だ』って」
 問いかけに、相手はさらなる報告をもたらした。あらかじめ交替で島の周りを巡回させておいた成果だ。
「舟の数は?」「小舟が一〇ほどだって話だ」
 わざわざ余裕をもって調達するとも思えないから、一艘につき三人は乗っていると見ていいだろう。とすると、三〇人ほどはいるということになるか。
 我らだけなら迎え撃てるが――島民から被害を出さず、となるとむずかしい。
「瀬兵衛、手筈の通りに島を逃れてください」
 小平次の言葉に、若者がおどろいた顔を向けた。次いで怒りを面に刷き、「おまえ、わざわざ雇ってるってのに」と言いかける。
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