忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「そうだ」「ひどい」
 吐き出そうとする言葉に喉を灼かれながら娘の問いかけに答えた。優しい心根の娘のことだ、決してこちらを責めようと発した言葉ではないだろう。しかし、そのせりふは「ひどい、実の兄を見捨てるなど」というふうに自分の耳には聞こえた。
 兄を救えなかった。それは重苦しい思いとなって胸を詰まらせている。
 だが、だからこそ生き延びさせねばならない。兄上の娘を――それこそが、今の自分に課せられた使命だと考えていた。そのためには自分の命は惜しくない。たとえどれだけの困難が待ち受けていようが、必ずなし遂げてみせよう――。
 それから、ふたりは野を駆け山を駆け、必死の遁走の末に落ち延びることに成功する。
 しかし、もちろんのこと失ったものが返ってくることはなかった。ただ命を長らえただけで、何かを得たわけではない。それでも、幸運といわねばならないのだ。理不尽であったとしても。

    二

 次の依頼主が現れたと、小平次は孫作に呼び出された。
渡り忍びの口入れ屋に独立した店(たな)はないから、自然、孫作の塩を商う大店の奥の座敷が対面の場となる。
吟とともに、小平次は上座に座すひとりの武士と相対することとなった。
「こちらは、豊後森久留島家の安田幸太郎様にございます。徒目付として出仕なされておられます」
 豊後森――と聞いても一瞬、小平次はどこのことだか分からなかった。豊後はともかくとして、小藩が多いかの土地の家中すべてを把握はしているはずもない。
 が、久留島という姓には聞き覚えがあった。久留島といえば、伊予国の三島村上水軍のひとつ来島に縁があろうか――。
「随分と若いな」
 そんな思慮を、幸太郎の不満げな声が中断させる。
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