忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   第二章

   一

 月日は十年以上遡る。
 城下をはなれ雑木林へと駆け込むふたつの人影があった。
 ひとつは成人のそれだが、もう片方は数えるほどの齢しか重ねていないのがあきらかな背丈をしている。前者遅れがちな後者を気づかいながらも、しきりに視線を後方へと、城下のある方角へと飛ばしていた。
「かような刻限に他出しては父上が案じます」
 おどろきでここまで言葉を発せなかったのか、突如として小さな人影、女児は声を張り上げる。恐れと不安と反発心の入り混じった声に、大人のほうは胸を締め付けられる感覚をおぼえた。自然と両者の足は動きを止める。
 ありのままに告げるのは酷か――とっさにそう考える。が、目の前の娘の態度は適当な理屈をでっち上げても納得しそうにないものだ。
「そなたの父は死んだ」
 こちらの言葉に、娘は呆然と立ちすくむ。
「なにゆえ」
 嘘や信じられないという言葉ではなく、理由を問う娘の気丈さ、聡明さがかえって痛ましい。むしろこの嘘つき、とののしられたほうが気がいくらか楽だったろうに。
「そなたの父は、家中において進行していた殿の押し込めにかかわったとして討たれたのだ」「父上が」
 非道ともいえる行為に手を染めたという言葉に、娘の表情が悲痛なものとなった。
 ふいに視界が暗くなる。月が厚い雲に隠されたのだ。景色の影と自分たちの影が混ざり合い曖昧模糊となった。
「致し方なかったのだ、我ら忍びは家中においては吹けば飛ぶような存在。重役らには逆らえぬ、それが悪行をなせという下知であっても」
 ましてや当世、藩を平穏に運営するための手段として公儀も押し込めを容認する立場を暗に取っている。
「父上はご自分の企んだ訳でもない悪事のために身罷られたのですか」
 その言葉がこちらの胸に深々と突き刺さってきた。娘の目には世のすべてを燃え上がらせても足りないであろう憎悪の炎が燃える。
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