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「したが、殿はそれでは得心なされなんだ」
「と、もうされますと?」
相槌とした発した言葉に対し幸太郎はしばし沈黙した。そして重い口を開く。
「城を欲された」
そのせりふに、小平次と吟は緊張をおぼえざるをえなかった。互いにほおの辺りが強張る。
「むろん、御公儀に申請されてのことではないのですね」
「我らが家中のごとき分限で城を持つことなど許される訳もないからな。しかも、もはやはるかな昔とはいえ徳川大権現様に刃向かっておるのだ」
小平次の言葉に幸太郎はいらだちのにじむ顔で応じた。
「百姓の逃散など難事はあれど、なんとか社(やしろ)を城のごとく造り替える作事は完了せんとしておる。したが、この段になってついに公儀が家中の動きを察した気配があるのだ」
事実だとすれば久留島家家中存亡の危機だ。城の勝手な改築など露見すればまず間違いなく改易が申し渡されるに決まっていた。それでも古くなった三島宮の修復を名目に神社を城に作り替えてしまったのは執念ともいえる。境内の隣に藩主の別邸として使われていた二階建ての栖鳳楼(せいほうろう)という瀟洒な建物はさしずめ天守閣であり、石垣などを設けている。
ちなみに、三島宮は久留島家が伊予から豊後森に領地替えになったとき、村上水軍が信奉した伊予大三島の大山祇(おおやまづみ)神社を分祀したものだ。
「家中が懇意にしておる旗本の御仁から『くだんの儀、まことであろうか』と探りを入れられたのだ。公儀が迂遠ではあるが確かめんといたした、と考えてよかろう」
すこし遠い目をしていた幸太郎のまなざしの焦点が小平次たちに焦点をむすばれる。
「久留島家は士分の者が百数十名の弱小家中、とてものこと忍び者を抱えておる余裕などなくまた泰平が長くつづいていたことで多少の心得のあった者ももはや使い物にならぬ。ゆえに、渡り忍びともうすそなたらにこの窮地を切り抜ける手助けをしてもらいたい」
もらいたい、と言いながらも幸太郎の態度にはこちらを見下すような態度が透けていた。たかが忍びに何故に歴とした侍である自分がかような物言いをしなければならないのだ、そんなふうに考えているのだろう。
それが人に物を頼む態度ですか――小平次は正直なところ反撥をおぼえた。
「と、もうされますと?」
相槌とした発した言葉に対し幸太郎はしばし沈黙した。そして重い口を開く。
「城を欲された」
そのせりふに、小平次と吟は緊張をおぼえざるをえなかった。互いにほおの辺りが強張る。
「むろん、御公儀に申請されてのことではないのですね」
「我らが家中のごとき分限で城を持つことなど許される訳もないからな。しかも、もはやはるかな昔とはいえ徳川大権現様に刃向かっておるのだ」
小平次の言葉に幸太郎はいらだちのにじむ顔で応じた。
「百姓の逃散など難事はあれど、なんとか社(やしろ)を城のごとく造り替える作事は完了せんとしておる。したが、この段になってついに公儀が家中の動きを察した気配があるのだ」
事実だとすれば久留島家家中存亡の危機だ。城の勝手な改築など露見すればまず間違いなく改易が申し渡されるに決まっていた。それでも古くなった三島宮の修復を名目に神社を城に作り替えてしまったのは執念ともいえる。境内の隣に藩主の別邸として使われていた二階建ての栖鳳楼(せいほうろう)という瀟洒な建物はさしずめ天守閣であり、石垣などを設けている。
ちなみに、三島宮は久留島家が伊予から豊後森に領地替えになったとき、村上水軍が信奉した伊予大三島の大山祇(おおやまづみ)神社を分祀したものだ。
「家中が懇意にしておる旗本の御仁から『くだんの儀、まことであろうか』と探りを入れられたのだ。公儀が迂遠ではあるが確かめんといたした、と考えてよかろう」
すこし遠い目をしていた幸太郎のまなざしの焦点が小平次たちに焦点をむすばれる。
「久留島家は士分の者が百数十名の弱小家中、とてものこと忍び者を抱えておる余裕などなくまた泰平が長くつづいていたことで多少の心得のあった者ももはや使い物にならぬ。ゆえに、渡り忍びともうすそなたらにこの窮地を切り抜ける手助けをしてもらいたい」
もらいたい、と言いながらも幸太郎の態度にはこちらを見下すような態度が透けていた。たかが忍びに何故に歴とした侍である自分がかような物言いをしなければならないのだ、そんなふうに考えているのだろう。
それが人に物を頼む態度ですか――小平次は正直なところ反撥をおぼえた。
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