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だが、仲介人である孫作のこともある。それにまだ始まったばかりの渡り忍び業だ、少ない客は確実につかみ実績に結びつけたいという思いもあった。
だから、先ほどと同じく我慢する。不平、不満は呑み込んだ。裏長屋で不遇をかこうだけの日々を思えばこの程度の屈辱なんということもない、と自分に言い聞かせた。
「依頼とあらばよろこんで合力いたしましょう」
小平次は自分の口でその言葉を述べる。
それから数日後、小平次と吟は例のごとく孫作の店の奥の間で森藩藩士の幸太郎と相対していた。むろん、幸太郎に辻を二度右折させることをくり返させる、紙切れをわざと落とさせてそれを拾う人間がいるかどうかを相手に気づかれないように確認するなどして、尾行(つけ)る者が存在しないかは確認してあった。
「こんな短い間で何用だ」
公儀の隠密に探りを入れられているという状況のために、幸太郎の表情は殺気立っている。
「結論からもうしますと、御家中には御庭番の探索の手が伸びております」
「なにを慮外なことを、かような短期のうちにそなたらは調べをつけたともうすのか」
あくまで平静に吟に対し、幸太郎が逆上の表情を浮かべた。
傍から見ている分には、吟は凛々しい浪人しか映らない。だからこそ、女性の装になったとき人の目を晦ますのに威力を発揮するのだが。
「いかようにして調べたと申すのだ」
すこしもひるまない吟に対し、懐疑の気配を残しながらも幸太郎は探索の手段を問うた。
「普請をおこなうとなれば金子も入用となりましょう。されば、拙者らは札差に化け、上屋敷をおとずれた次第でございます」
思い当たる節があるらしく幸太郎の表情が変わる。
だから、先ほどと同じく我慢する。不平、不満は呑み込んだ。裏長屋で不遇をかこうだけの日々を思えばこの程度の屈辱なんということもない、と自分に言い聞かせた。
「依頼とあらばよろこんで合力いたしましょう」
小平次は自分の口でその言葉を述べる。
それから数日後、小平次と吟は例のごとく孫作の店の奥の間で森藩藩士の幸太郎と相対していた。むろん、幸太郎に辻を二度右折させることをくり返させる、紙切れをわざと落とさせてそれを拾う人間がいるかどうかを相手に気づかれないように確認するなどして、尾行(つけ)る者が存在しないかは確認してあった。
「こんな短い間で何用だ」
公儀の隠密に探りを入れられているという状況のために、幸太郎の表情は殺気立っている。
「結論からもうしますと、御家中には御庭番の探索の手が伸びております」
「なにを慮外なことを、かような短期のうちにそなたらは調べをつけたともうすのか」
あくまで平静に吟に対し、幸太郎が逆上の表情を浮かべた。
傍から見ている分には、吟は凛々しい浪人しか映らない。だからこそ、女性の装になったとき人の目を晦ますのに威力を発揮するのだが。
「いかようにして調べたと申すのだ」
すこしもひるまない吟に対し、懐疑の気配を残しながらも幸太郎は探索の手段を問うた。
「普請をおこなうとなれば金子も入用となりましょう。されば、拙者らは札差に化け、上屋敷をおとずれた次第でございます」
思い当たる節があるらしく幸太郎の表情が変わる。
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