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石ころ――をぶつけられたと、落下した小石を目の当たりにした与平は認識する。しかし、剣を辛うじて取り落としはしなかったものの剣術の要である左腕が一時的に使い物にならなくなった。
動きの止まった彼を尻目に迅影と化して石を投げた方の襲撃者が駕籠へと向かう。
既に駕籠かきは逃げていた。ために、白髭白髪の家老は駕籠から出てき、動向の一部始終を見守っていた。やや背が低いが、一家中を背負って立つに足る貫禄をそなえた老爺はみずからに迫る曲者にもうろたえない。
鋭い眼光で迎えるが、その剣術の腕は泰平の武士の常、心元ないものだ。それでも、腰の据わった動きで堂々と敵を迎える。
「御家老」叫びながら与平は距離を縮めるが間に合わなかった。
銀弧がふたつ生じる。ひとつは虚空を薙ぎ、もう一方は家老の体をとらえた。けれども、
鋒打ちだと――。
与平の見てとった通り、家老は刃で裂かれることはなかった。
本来、鋒打ちはそうでないと錯覚させることで“斬られた”と思い込ませ気絶させるものだ。だから、刃を受けていないと自覚があれば気を失うことはない。顔を歪めながらも家老はその場にしゃがみ込んだ。それでも相手を視線で刺すのはさすがは武士といったところか。
次の瞬間、「御隠居」と家老を打ったほうが声あげる。そして、曲者はふたりしてその場から逃げ出した。
「ま、待て」与平は追おうとしたが、視野の端に家老の姿をとらえている。藩士の大半はしばらく使い物にならない状態だ、そこで自分が家老の側を離れるわけにはいかなかった。
突如、与平の足もとに突き立った物がある。これは――思わず後退した彼の視界に映ったのは地面に刺さった矢だ。
ふたたび体を緊張させ剣を青眼に構えて周囲を睥睨する。
動きの止まった彼を尻目に迅影と化して石を投げた方の襲撃者が駕籠へと向かう。
既に駕籠かきは逃げていた。ために、白髭白髪の家老は駕籠から出てき、動向の一部始終を見守っていた。やや背が低いが、一家中を背負って立つに足る貫禄をそなえた老爺はみずからに迫る曲者にもうろたえない。
鋭い眼光で迎えるが、その剣術の腕は泰平の武士の常、心元ないものだ。それでも、腰の据わった動きで堂々と敵を迎える。
「御家老」叫びながら与平は距離を縮めるが間に合わなかった。
銀弧がふたつ生じる。ひとつは虚空を薙ぎ、もう一方は家老の体をとらえた。けれども、
鋒打ちだと――。
与平の見てとった通り、家老は刃で裂かれることはなかった。
本来、鋒打ちはそうでないと錯覚させることで“斬られた”と思い込ませ気絶させるものだ。だから、刃を受けていないと自覚があれば気を失うことはない。顔を歪めながらも家老はその場にしゃがみ込んだ。それでも相手を視線で刺すのはさすがは武士といったところか。
次の瞬間、「御隠居」と家老を打ったほうが声あげる。そして、曲者はふたりしてその場から逃げ出した。
「ま、待て」与平は追おうとしたが、視野の端に家老の姿をとらえている。藩士の大半はしばらく使い物にならない状態だ、そこで自分が家老の側を離れるわけにはいかなかった。
突如、与平の足もとに突き立った物がある。これは――思わず後退した彼の視界に映ったのは地面に刺さった矢だ。
ふたたび体を緊張させ剣を青眼に構えて周囲を睥睨する。
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