忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「されど、こたびの件は我らには係わりあいのなきこと」
「寸毫(すんごう)のかかわりのないことではありません」
「どういうことだ?」
 小平次の返答に、瀬兵衛が疑問を面に刷く。
「豊後森来島家は三島村上海賊衆の一翼をなした家中の裔。塩飽水軍もまた戦国乱世においては」
「村上水軍に与力しておったな。能島と来島の違いはあるが、主筋とかかわりがある」
 小平次の言葉を瀬兵衛が引き継いだ。
 その息のあったやり取りに、最年長の島年寄は渋面をさらに渋いものにしている。
「水軍の裔でありながら山へと押し込められ、せめてもの矜持として城を欲する久留島伊予守様のご存念もまたむべなるかな、と思われませんか」
 それはある意味、小平次にも理解できない思いではなかった。
 意に沿わぬ境遇へと落とされみずからの拠り所を欲する、そんなふうに久留島藩主の気持ちを小平次は理解している。であれば強く共感する部分もあった。だからこそ、その言葉には熱意がこもっている。
 しかも、それは塩飽島の島民たちもある意味同じだ。江戸初期こそ、塩飽海賊衆は戦国乱世以前からの伝統である海運によって生計(たつき)を立てていた。だが、他の地方の廻船の増加したこと、海難によって塩飽島の廻船の減少したことから次第に衰えていき島民は船大工、さらに家大工として島外に働く者が多くなっているのだ。小さな島々の集まりで島自体の生産力には大きな限界があり経済的な変動に堪える力は決して大きくなかった。
 ゆえにこそ、高丸領京極家との諍いにおいては無謀ともいえる行動に出た――みずからの矜持を守るために、そう小平次は解していた。
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