忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「いやあ、お頭。塩飽の仁らの説得といい、見事なもんだよ」
 甲板に吟が姿を現し、称賛の言葉を投げかけた。その身なりは一端(いっぱし)の商人のもので、どこからどう見ても侍の気配は見受けられない。恰好だけでなく、腰の低さなどちょっとした所作に商売人の風情たただよった。
「そうでしょう、軒猿や風魔忍者も顔負けの活躍でしょう」
 気が大きくなってつい冗談が口をついて出る。
「風魔忍者じゃ、公儀の手下に討ち取られちまいますよ」
「これは、しまった」
 吟の軽口に小平次は盆の首に手をやった。
「手前がいないあいだ、祖父上はどうでした?」
「やっぱり、お頭がいないと不安なのかねえ。怒りっぽくなって難儀したよ」
 口調を変えて問うた小平次に、吟もまた表情をすこし曇らせる。
「それは手間をかけました」
「なになに、先代、御隠居には世話になってるからね」
 小平次は声を沈ませる。吟は明るい声音でそれに応じた。
 と、甲板に豊が姿を現した。とたん、吟が意味ありげな視線をこちらに向けるや入れ代わりに姿を消す。結果、豊とふたりきりになって小平次は動悸をおぼえた。
 が、豊から発せられた言葉はけっして友好的なものではない。
「調子に乗らないでください」
 注意をうながすというより完全な叱責だった。
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