忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 だが、考えてみれば誰かに懸想したという経験がないため断言できないのもまた事実だった。
「太蔵、余計なことを忍び働きのさなかにもうさないでください」
 それをふり払うために小平次は強い語調で太蔵に釘を刺す。雑念に気をとられれば任務に支障が出ることも考えられるからだ。
「へいへい」
 小平次の態度が本気であるのを見て取った太蔵はにやけた表情ながら承諾してみせた。

 その後、千石積の弁才船、塩飽海賊衆が“荷”とは別に十数人が水夫その他として乗り込んでいる人買い船において面子の入れ替えがあった。場所は瀬戸内の海でのことだ。わざと遅く進む船に江戸からの船が追いつき、茂平治と吟が合流したのだ。御庭番との刃傷沙汰を想定し、白兵戦に強い面々に入れ替えたのだ。
 代わりに、太蔵は江戸へともどらせた。知恵の足りない馬二と、寡黙に過ぎる太蔵では森藩の江戸藩邸とのやり取りに不安があったためだ。
 ただし、豊は人買い船に残っている。豊も彼とともに江戸にもどらせたかったのだが、口入れ屋の番頭としての責任があると言い張って居残ったのだ。前回といい、正直なところ足手まといになるため迷惑だが仲介の責任者ともなればぞんざいに扱うわけにもいかない。
 が、それも夕日に染まり、光の帯や破片を水面で躍らせる海原を目の当たりにしているとなんだかどうでもいいような気になってくる。海がどこまで開けているように、自分の未来も開けている心持ちがした。
 一度目の仕事を無事に完遂させ、あの御庭番を相手に順調に調略を成功させつつある、その事実が小平次に自信を感じさせる。
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