忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「お頭、誰ぞ見張っておりますな」
 船上で破落戸に化けた太蔵が顔をあくまで前方に向けたまま告げる。
「でしょうね、江戸から尾行(つけ)て来ています」
「気づいておられたなら、教えてくだせえよ。まったく、お頭の勘の鋭さには敵わない」
 小平次の言葉に、太蔵が渋面になった。どこか長閑に二人が声を交わす一方で、両者の間にはさまれた女人は緊張した顔つきをしている。
「安心してください、あなたには指一本触れさせませんから」
「はい。あなたがたは島を救ってくれたひとたち、信頼してます」
 小平次の言葉に、照れたように顔をうつむけながら女人はこたえた。
 豊ほどの派手さはないが、素朴な雰囲気の愛らしい娘だ。もちろん、どこぞで拐してきた者ではなく塩飽の住民だ。各所に逗留してもらった上で船に乗り込んでもらうことで、あたかも人買いが“商品”をあつめているように見せかけているのだ。
「お頭、お豊さんってものがありながら、島の娘さんにも手を出す腹づもりですかい?」
「ありながら、とはどういうことです。わたしとあの娘御のあいだにはなにもありません」
 からかう太蔵に小平次はむきになって抗弁する。
「またまたぁ。夜はお豊さんのあの豊かな胸乳(むなぢ)を想像して眠れずにいるでんしょう?」
「あなたと一緒にしないでください」
「こっちこそお頭と一緒にしないでくだせえ。俺なら、思いを寄せたならその夜には肌を重ねてますぜ」
 ほぼ真実であろう言葉に、小平次は思わず自分がお豊と褥に体をならべている様を想像してしまい顔が焼けた鉄のような熱さになるのを感じた。
 わたしは別にお豊さんのことは――特別になど思っていないはずだ。
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