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記憶のなかにある母親の表情は常に眉間に皺を寄せたもので、笑顔など一度として見せたことがない。
御家がかぶった泥を落とす、そのための尽力を自分のできない分まで庄右衛門の双肩へとひらすら背負わせた。
武家とは家を次代に引き継ぐための道具でしかない、そういった面は確かにある。
だが、常に仇を睨むような目を物心つくころから向けられる暮らしというのは常人は想像を絶する苦痛をともなった。心が安らぐ暇などない。母の思惑など関係なく、目の前の鬱屈からのがれるために忍びの修行に、剣術の稽古に没頭した。
しかし、頭の片隅ではいつも疑問に思っていた。
顔を見たこともない男の犯した罪をなぜ自分が償わなければならない。
二親(ふたおや)から情愛をそそがれるという“恩恵”を受けていれば、それに報いようという感情も自然と生まれただろう。だが、片方は姿形もなく、残った母も息子をみずからの目的を成就するための道具としか見なさない。それで親子の情など生まれるはずもなかった。
澱(おり)を胸のうちに積もりに積もらせながら庄右衛門は成長する。
やがて、忍び働きに出るようになった。望み薄とは思っていたが、外に出ては先々で父の行方を探った。
そして、幸運というべきか、不運というべきか父を見つけ出してしまう。
江戸で、裏長屋に住まいながらも妻とふたりの子に囲まれながら幸福そうに暮らしていた。
とたん、理性が吹き飛んだ。忍びの本能に従うままに動いて夜を待って動く。
御家がかぶった泥を落とす、そのための尽力を自分のできない分まで庄右衛門の双肩へとひらすら背負わせた。
武家とは家を次代に引き継ぐための道具でしかない、そういった面は確かにある。
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しかし、頭の片隅ではいつも疑問に思っていた。
顔を見たこともない男の犯した罪をなぜ自分が償わなければならない。
二親(ふたおや)から情愛をそそがれるという“恩恵”を受けていれば、それに報いようという感情も自然と生まれただろう。だが、片方は姿形もなく、残った母も息子をみずからの目的を成就するための道具としか見なさない。それで親子の情など生まれるはずもなかった。
澱(おり)を胸のうちに積もりに積もらせながら庄右衛門は成長する。
やがて、忍び働きに出るようになった。望み薄とは思っていたが、外に出ては先々で父の行方を探った。
そして、幸運というべきか、不運というべきか父を見つけ出してしまう。
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とたん、理性が吹き飛んだ。忍びの本能に従うままに動いて夜を待って動く。
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