忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 庄右衛門の認識では気づけば陽は沈んでいた。そして、寝入ったところに忍び込む。
 忍び働きから遠ざかった父は、庄右衛門をひどく拍子抜けさせた。もしかしると、仕物にかけようとしていることを勘付かれるやもという危惧は無駄に終わる。あっさりと枕元に立つことができた。妻子を捨てておきながら、自分は幸せに生きている男がそこにはいる。
“父”を見下ろしているという感覚はなかった。気配に気づいて目を開けたときには遅い、拳をみぞおちに叩き込んで動きを封じたところで縄を使って拘束した。もちろん、妻子も同じように縛り上げる。後者には猿轡を噛ませた。
 下手に騒げば即座に始末される、そう判断するくらいの理性は働いたのだろう、父は小声で懇願する。
「頼む、見逃してくれ。抜け忍を始末しに来たのだろう?」「さにあらず」
 首を横にふった庄右衛門を父は怪訝な目で見上げた。そんな彼の前に、庄右衛門は覆面をはずして素顔をさらす。
「おまえは」なつかしさ、と後ろ暗さが入り混じった表情が相手の顔に浮かんだ。それが、
「これから、俺はお前を散々に苦しめて殺す」
 というせりふで一変する。これに妻子が猿轡の下で騒ぐのを、
「騒ぐのなら、お前たちを今すぐに殺す」
 と告げ、短刀を掲げてみせた。とたん、彼らの表情は凍りついた。
「な、なあ、頼む。血を分けた親子だろう?」
「その子を守りたくば、お前が犠牲になれ。もし、お前が大きな声を漏らさずに苦痛に耐えておとなしく死ねば、妻子は殺さずにおいてやろう」
 卑屈な笑みを向けられたところで、庄右衛門の心は動かなかった。
 ただ、静かに選択を求める。「どうする」
 父は絶望の表情を浮かべた。ついで、葛藤の念を面に刷いた末にうなずく。
「わかった」
「よし、では始めるとする」
 宣言した瞬間、はじめて庄右衛門の心は弾んだ。
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