113 / 141
113
しおりを挟む
三
村にもどった小平次を迎えた失望のまなざしが痛かった。だが、それ以上に心をさいなむ事柄がある。
貸し与えられた一室、蓆(むしろ)の上に横たわる人影が存在した。
重左エ門だ。眼窩に空洞を生じさせた亡骸は、無念そうな表情を浮かべている。その顔を吉足が幾度も舐めていた。そうすれば傷が治って主が起き上ってくれると信じているように。
忠犬の行動が余計に小平次の胸を掻きむしる。今すぐに取って返して仇を討ちたい衝動に駆られた。
けれども、
その末に待っているのは犬死――。
ひとりふたりは討てるかもしれないが全滅させることは不可能だろう。
だから、仲間たちとともに沈痛な顔でおとなしく重左エ門の死を悼むことしかできない。
祖父に比べれば重左エ門は幸せなのだろうか?
一応は仲間に看取られて死んだ。しかし、祖父のように“畳の上で死ぬ”というわけにはいかなかった。
吉足が重左エ門の体に取りすがるうちに、懐がすこしめくれそこからなにか“白い物”がのぞく。なんでしょうか、小平次は手を伸ばして取り出した。その正体は一通の書状だ。
「なんなんだいそれは、お頭」
「わかりません」
吟にこたえながら書状を広げた。仕事の場にもしものときに身元が判明するような誰かに宛てた手紙を懐にひそませているなど不自然だ。
が、書面に目を通すうちに小平次の表情はこわばる。兵法の心得に反し、指先に過剰な力が入った。そこにはこんなことが記されていたのた。
『お頭、これをあなたが読んでるってことは俺はもうこの世にはいないでしょう』
つまり、死を予見して重左エ門が小平次に遺した文なのだ。
村にもどった小平次を迎えた失望のまなざしが痛かった。だが、それ以上に心をさいなむ事柄がある。
貸し与えられた一室、蓆(むしろ)の上に横たわる人影が存在した。
重左エ門だ。眼窩に空洞を生じさせた亡骸は、無念そうな表情を浮かべている。その顔を吉足が幾度も舐めていた。そうすれば傷が治って主が起き上ってくれると信じているように。
忠犬の行動が余計に小平次の胸を掻きむしる。今すぐに取って返して仇を討ちたい衝動に駆られた。
けれども、
その末に待っているのは犬死――。
ひとりふたりは討てるかもしれないが全滅させることは不可能だろう。
だから、仲間たちとともに沈痛な顔でおとなしく重左エ門の死を悼むことしかできない。
祖父に比べれば重左エ門は幸せなのだろうか?
一応は仲間に看取られて死んだ。しかし、祖父のように“畳の上で死ぬ”というわけにはいかなかった。
吉足が重左エ門の体に取りすがるうちに、懐がすこしめくれそこからなにか“白い物”がのぞく。なんでしょうか、小平次は手を伸ばして取り出した。その正体は一通の書状だ。
「なんなんだいそれは、お頭」
「わかりません」
吟にこたえながら書状を広げた。仕事の場にもしものときに身元が判明するような誰かに宛てた手紙を懐にひそませているなど不自然だ。
が、書面に目を通すうちに小平次の表情はこわばる。兵法の心得に反し、指先に過剰な力が入った。そこにはこんなことが記されていたのた。
『お頭、これをあなたが読んでるってことは俺はもうこの世にはいないでしょう』
つまり、死を予見して重左エ門が小平次に遺した文なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる