忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   三

 村にもどった小平次を迎えた失望のまなざしが痛かった。だが、それ以上に心をさいなむ事柄がある。
 貸し与えられた一室、蓆(むしろ)の上に横たわる人影が存在した。
 重左エ門だ。眼窩に空洞を生じさせた亡骸は、無念そうな表情を浮かべている。その顔を吉足が幾度も舐めていた。そうすれば傷が治って主が起き上ってくれると信じているように。
 忠犬の行動が余計に小平次の胸を掻きむしる。今すぐに取って返して仇を討ちたい衝動に駆られた。
 けれども、
 その末に待っているのは犬死――。
 ひとりふたりは討てるかもしれないが全滅させることは不可能だろう。
 だから、仲間たちとともに沈痛な顔でおとなしく重左エ門の死を悼むことしかできない。
 祖父に比べれば重左エ門は幸せなのだろうか?
 一応は仲間に看取られて死んだ。しかし、祖父のように“畳の上で死ぬ”というわけにはいかなかった。
 吉足が重左エ門の体に取りすがるうちに、懐がすこしめくれそこからなにか“白い物”がのぞく。なんでしょうか、小平次は手を伸ばして取り出した。その正体は一通の書状だ。
「なんなんだいそれは、お頭」
「わかりません」
 吟にこたえながら書状を広げた。仕事の場にもしものときに身元が判明するような誰かに宛てた手紙を懐にひそませているなど不自然だ。
 が、書面に目を通すうちに小平次の表情はこわばる。兵法の心得に反し、指先に過剰な力が入った。そこにはこんなことが記されていたのた。
『お頭、これをあなたが読んでるってことは俺はもうこの世にはいないでしょう』
 つまり、死を予見して重左エ門が小平次に遺した文なのだ。
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