忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「公儀御庭番である。忍びの業でもって悪事を働く不埒な者どもよ、成敗に参った」
 新たな忍びの発したせりふでその正体が明らかになる。
 手前は無宿忍び衆ではない――その言葉が小平次の喉に出かかったが、口に出す余裕はなかった。殺到した御庭番のひとりが銀光を自分に向かって走らせたのだ。また、告げたところで聞き入れてはもらえないだろう。
 無宿忍び衆、小平次たち、御庭番と三つ巴の人影の入り乱れた戦いが始まった。御庭番の頭数は十人に及ぶ。いくつもの剣光がひらめき、戛、戛、と手裏剣がどこぞに突き刺さる音が耳朶を打つ。
 乱戦は長くはつづかない。「火口(かこう)」吟が殺気だった顔で叫んだのは隠語だった。
 とたん、小平次は息を止める。次の瞬間、ひとつ、ふたつと、毒焙烙火が煙を振りまきながら敷地に飛び込んできた。火の直撃を受けた者はいなかったが、突如の攻撃に煙を吸い込む者がひとり、ふたりと出る。
 同時に小平次は塀に向かって疾駆していた。無宿忍びもこれを好機と見たか逆の方向に駆けるのが足音で分かる。二方向の動きに、御庭番たちの動きが鈍った。そこに馬二の矢が飛んで小平次を追う忍びの肩口に突き立つ。
 刹那、小平次は塀に向かって飛びあがっていた。足場を得るや体を反転させ手裏剣を取り出すや投じる。
 転瞬、小平次は馬二とともに塀を飛び下りていた。
 敵の側からすれば完全な死角になっている。向こうから迂闊に飛び越えてくるわけにはいかない。その心理を利用し時間を稼ぎ、小平次たちは全力で遁走する。
 祖父上の最後を看取れぬかもしれない危険を冒して江戸をはなれたというのに――。
 仕事を成功させられなかった、後ろ暗さで小平次は手足を動かしながらも目頭を熱くした。
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