忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 相手の姿を認め、思わずため息をつく。無宿忍び衆か御庭番が追ってきたかと思ったが、側にたたずんでいたのは名主の娘だった。ふっくらとした顔つきの素朴な顔つきをした女性だが、今は負の感情に凝(ごこ)ったまなざしをしている。
「無宿忍び衆の討伐、つづけていただけましょうか」
 小平次を睨みつけるようにして相手は声を発した。
 確か目の前の娘は近くの村の名主が父で、ここの集落には名主の息子に嫁入りしてやってきたという。年頃も小平次と同じだ、とあつまった名主たちから依頼の仔細を聞いたときに耳にしていた。
 娘の迫力に気圧されたことと、余人を恐れる性が合わさって小平次はとっさに口を開けない。
「お願いでございます、どうか仇を討ってくださいませ」
「し、し、したが、公儀が討手を放った次第」
 前金を返しはしないが、残りの謝礼を払わずに済む状況だ、と小平次は必死の相手に対し言下に告げた。小平次にしてみれば無念が残るが、ここで依頼を打ち切ることは百姓たちの損にはならないはずだ。
「それでは得心がいきませぬ」
 とたん、娘は怒鳴るように訴える。
 声を聞きつけたのだろう、近くの部屋から仲間たちが顔を見せた。大丈夫だ、と身ぶりで示しながら小平次は娘に目顔で言葉をうながす。
「余の、かかわりのない者が討ったのでは納得がいかぬのでございます。せめて、村で“雇い入れた”者らに討っていただかねば、この恨み晴れぬのございます」
 そうだ、と小平次は思った。
 家中の忍びであったときに藩の運命を時に担うことがあったのと同様に、渡り忍びの仕事もまた依頼主らの命運やその他のものを背負うことになるのだ。
 単なる家中に仕える忍びであれば、仕事にかかわりのある者のことなど考えずとも“これは主命なのだから”で済ませられる。
 だが、渡り忍びの依頼ではその関係者の心持ちもまた無視できない。
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