忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 狭苦しい九尺二間の裏長屋で、茂平治は薄っすらと目を開けた。とたんに、猛禽が爪を立てたような痛みが胸に生じる。
 すこし呻き顔をしかめた。それに反応し、
「御隠居、お目覚めになりましたか?」
 布団の脇にいた、壮丁の男が居眠りから目を覚ます。おそらく、孫作――孫兵衛が店からようすを見させるために派遣させた者だ。
 まさか、あの者の世話になるようになるとはな――。
 家中が取り潰しに遭うことも予想していなかったが、孫兵衛の助けを借りることになるとはさらに輪をかけて想像していなかった。
「したが、重畳」野に屍をさらすことなく逝けるなど。
 だが、ひとつ心残りがある、そう考えながら茂平治はふたたび目を閉じた。
「御隠居、御隠居」という声が急速に遠ざかっていく。

 そして、気づくと故郷の屋敷にたたずむ自分を茂平治は認めた。
 同時に眉間に皺を寄せる。屋敷の一室、居間で長男の後家が息子、つまりは茂平治にとっては孫にあたる男児に手を上げている光景を目撃したためだ。それで、か――それ故にあの子が自分にとてもなついたのかと茂平治は遅まきながら小平次の“こと”を理解する。
 ここは夢のなかなのだろう。だが、茂平治は確信していた。目の前の光景が真実だ、と。
「どうして、おまえは兄上のようでできないのですか」
「よさぬか」ふたたび手を上げようとする嫁を、茂平治は一瞬裡に間を詰めて腕をつかみ無理やりに止めた。
 おどろいた顔でこちらを見やる相手を無視し、茂平治は孫を見据える。
「すまなかった、小平次」
 今さらだと理解している、それでも謝らずにはいられなかった。
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