忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「祖父上様」応じた小平次の姿は、刹那にして“現在”のそれへと転じる。
「おまえはなにも悪くない。悪くないのだ、よいな?」
「はい」
 すこしの間のあと、茂平治の言葉に小平次な首肯する。そのまなじりから透明なしずくがこぼれた。
「さらに申し訳のないことだが、わしの命はもはやあと少しで尽きよう」
「はい」
「ゆえに、おまえに言っておきたいことがある。人に定められた道などない。侍など、元と正せば公家の従者に過ぎなかった。それがおのが立場に抗い戦いをくり返すうちに、ついには日の本の覇者となったのだ。それにお前も倣え、自分が歩みたき道を歩め」
 覚悟の表情で顎を引いた孫に茂平治は厳粛な声で告げる。そして、これは告げるべきか迷いながら言葉を継いだ。
「それから、おぬしの父の仇についてつたえておく」
 息子が死んだ日の朝、実は茂平治は偶然にもその最期を看取ったのだ。近くの知己の屋敷で夜更けまで呑み、誘われるままに泊まっていたところ表が騒がしくなったため顔を出してみればそこには倅が虫の息で倒れていた。そして、家中に進行していた元家中の士による陰謀を知った。だが、手を打つ前に企みは成就してしまい、また自分には呆けが来てしまったのだ。
 だが、今なら死の寸前のこの有り得ざる“奇跡の”邂逅の最中なら可能。
「――というわけだ」「承知しました、祖父上様」
 必死に取りすがろうという衝動に抗おう孫を前に、ふいに茂平治は泣き出したい衝動に駆られた。だがそれは孫のためにならない。
「達者でな」その言葉を最期に、夢のなかで茂平治は瞳を閉じた。だが、彼が目を覚ますことは二度となかった。

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