140 / 141
140
しおりを挟む
「これが仲間を持つ者の力です、庄右衛門」
他人を道具のようにしか考えなかった男へ、小平次は憐れみを込めて告げた。
ただ、その声が当人に届いたかは分からない。
その瞬間には、庄右衛門は意識を失ってその場に仰向けに倒れだしていたからだ。
ほかの浪人も犬の合力もあって、すぐに片づけることができる。
小平次はなんだか一気に肩の荷が下りた心地がした。やっと、本当に家中の忍びから抜け出せた心地がする。
それは手下たちも似たようなものだった。
「何事だ」「おい、誰か御用聞きの旦那を呼べ」
などという声が聞こえる頃には、その場をあとにしていた。
終章
陽が沈んだのちに店を出るとき、
「しようがありませんね」
と孫作は淋しさと祝福が半々といった表情でつぶやいていた。今日は月見のために小平次は豊と連れ立って他出してきたのだ。場所は浅草川(隅田川の下流部分)のほとりだ。周囲にいくつか人影はあるが余人の邪魔などという野暮なことをしないようそれぞれ距離を置いている。
無宿忍び衆の一件の折に祖父を亡くした経験は小平次から豊との付き合いへのおびえを取り除いていた。
確かに祖父を看取れなかったことは悔やまれる。だが、祖父の最期に立ち会うためにあの件を投げ出していたらと思うと、それはもっと後悔していたと思うのだ。
だったら、とにかくできることはやっておくべきだ、そんなふうに小平次は考えるようになっていた。また、夢の中での祖父との邂逅が、無意識のうちに抱いていた母親に由来する女性への恐れを緩和してくれたことも大きい。
「綺麗ですね」「はい、綺麗です」
多くの言葉はいらなかった。すぐ側にいて、同じ空を見上げているというだけで満たされるものがある。空で輝く月の光が、浅草川の水面で細切れの布地のごとくなって反射して躍っていた。
が、ふたりを邪魔する者が現れた。一声、吼える声があたりにひびく。
他人を道具のようにしか考えなかった男へ、小平次は憐れみを込めて告げた。
ただ、その声が当人に届いたかは分からない。
その瞬間には、庄右衛門は意識を失ってその場に仰向けに倒れだしていたからだ。
ほかの浪人も犬の合力もあって、すぐに片づけることができる。
小平次はなんだか一気に肩の荷が下りた心地がした。やっと、本当に家中の忍びから抜け出せた心地がする。
それは手下たちも似たようなものだった。
「何事だ」「おい、誰か御用聞きの旦那を呼べ」
などという声が聞こえる頃には、その場をあとにしていた。
終章
陽が沈んだのちに店を出るとき、
「しようがありませんね」
と孫作は淋しさと祝福が半々といった表情でつぶやいていた。今日は月見のために小平次は豊と連れ立って他出してきたのだ。場所は浅草川(隅田川の下流部分)のほとりだ。周囲にいくつか人影はあるが余人の邪魔などという野暮なことをしないようそれぞれ距離を置いている。
無宿忍び衆の一件の折に祖父を亡くした経験は小平次から豊との付き合いへのおびえを取り除いていた。
確かに祖父を看取れなかったことは悔やまれる。だが、祖父の最期に立ち会うためにあの件を投げ出していたらと思うと、それはもっと後悔していたと思うのだ。
だったら、とにかくできることはやっておくべきだ、そんなふうに小平次は考えるようになっていた。また、夢の中での祖父との邂逅が、無意識のうちに抱いていた母親に由来する女性への恐れを緩和してくれたことも大きい。
「綺麗ですね」「はい、綺麗です」
多くの言葉はいらなかった。すぐ側にいて、同じ空を見上げているというだけで満たされるものがある。空で輝く月の光が、浅草川の水面で細切れの布地のごとくなって反射して躍っていた。
が、ふたりを邪魔する者が現れた。一声、吼える声があたりにひびく。
0
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる