忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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141・了

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「吉足、留守を預かってくれと申したはずでしょう」
 表情をゆがめた小平次の視線の先には、尻尾をふりながら駆け寄ってくる元は重左エ門の相棒であった犬の姿があった。彼が亡くなって以降は、小平次を主と思い定めたのかすっかりなついている。
 それどころか、前の主のように他界して自分のもとを去ってしまうことを恐れてか、姿が見えなくなると追いかけてくる悪癖を身につけていた。
「吉足は御利口ですね」「あ、手を出すと」
 近寄ってきた吉足に手をのばす豊に小平次は注意する。
 が、予想に反して吉足はおとなしく頭をなでられた。忍犬は飼い主以外に対しては噛みつく危険もあるのだが、豊は例外のようだ。
 心配しないで、とでも言いたげに吉足は可愛がられながらも小平次を一瞥する。
 邪魔をしておいてよくもそんな目をできますよ――思わず人間を相手にしている心持ちになりながら小平次は恨めしげに見返した。
 元気なのは吉足だけではない。無宿忍び衆の一件以後、いくつか仕事をこなしたが誰ひとり欠けることなく吟、馬二、太蔵、それに新しい仲間の定二もやってくれている。一緒に危険をくぐり抜けるうちに、定二との隔たりも最早ほとんど感じられなくなっていた。
 また、自害した亀太郎の妹だが、届いた便りによると病は解放に向かっているらしい。それどころか、小平次たちが渡り忍びなる生業をやっていることを知って「わたしも仲間になりたい」と言って世話になっている遠縁の者を困らせているという。できれば、仲間に加えるのは遠慮したいですね――なにかあったら亀太郎に顔向けできない。
 また、ふたつ目の仕事の依頼で知り合った森藩藩士の幸太郎とはたまに煮売り酒屋でともに酒杯をかたむける仲になっていた。その後、森藩の城造は公儀に知られることなく平穏に時は過ぎている、と彼は言っていた。
 気がかりなことといえば――御庭番とは庄右衛門との衝突以降、特にかかわりはないが、忍び働きをしているのだからいつか再びぶつかる日が来るかもしれない。あるいは、無宿忍び衆討伐の邪魔をした角で恨みに思われている可能性もあった。
「どうかしたの?」
 豊の言葉で小平次は我に返る。
「いえ」
 小平次は首を横にふって微笑した。とりあえずは“今”を大事にしよう――改めて、二人と一匹で中秋の名月を見上げた。
                                                   了
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