犬を舐めるな従えよ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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    二

 貞享四年旧暦の一月も終わりが近いある日、寒さの峠こそ越えたもののそれでも江戸は寒かった。ゆっくりと寒気が肌に染み込んでくるようだ。
 けれども、両国広小路は今日も賑わいを見せている。茶屋、そば屋、甘酒売りなどの屋台、猿まわし、居合い抜きといった大道芸、手品や軽業、玉乗りなどの見世物小屋が客を呼び、商売人、芸人と客とのやり取りがうるさいくらいの喧噪を生んでいた。
 その一角に、土御門光脩(つちみかどみつなが)は台を置き床机椅子に腰かけて客を待っている。水干姿に総髪という身なりは周囲からは浮いていた。ちなみに、台の向こう側には「女人禁制」の四文字が記された紙が張り出してある。
「あー」なんで人がこれだけいて、幽霊、妖(あやかし)の数は限られてるんだよ――光脩は筮竹をもてあそびながら物憂い表情を浮かべていた。実態は簡単だ。妖の減少は歴代の陰陽師、密教僧、修験者たちが狩りつづけた成果であり、幽霊は世が平和となったおかげで悪霊になるほどの恨みを残して死ぬ者が圧倒的に減ったからだ。
 俺は生まれるのが六百年以上遅かった――通行人に声をかけるでもなく光脩は筮竹をなおもいじくる。眉間に皺が寄っているのが自分でもわかった。日々の食事にまでは事欠かないが、家賃は時に待ってもらうといった正確を光脩は送っている。大家に家賃の支払いの最大限下手に出て猶予を求めるときの惨めさったらない。
 徳川五代将軍綱吉の治世。綱吉は俗に言う生類憐れみの令の件でとかく悪く言われる将軍だが、天和の知と呼ばれる善政をおこなっている。これは財政管理の体制を確立し、不正代官を一掃して、幕臣の官僚化を促進した。これは武家にしてみれば大転換だったのは疑いようがない。
 もっとも、下々には関係のない話だがな――やさぐれた気分で、つらつらとどうでもいいことを考えていたせいで中身が自分に縁のなさすぎるものになり過ぎた。
 そんな彼に声をかけてくる者が現れる。
「あの」「占ってほしいのか」
 光脩は筮竹から視線を正面に転じて無愛想な声で応じる。仕事に取り込むことに気が進まない。
「だったら、向かいの床机椅子に座ってくれ」
 それでも一応は仕事だ、と向かいに用意してある床机椅子を示した。客は中性的な顔立ちで光脩と同じで髪を総髪にしている、それに男にしてはかなり華奢な体格をしていた。にしてもあれだな、と光脩は思う。「なんだか、ようすがおかしくないか」と光脩は客について感じた。
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