犬を舐めるな従えよ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「ふざけるな、紛らわしい真似しやがって」「ふざけてない」
 憤る光脩に町娘は負けない声量で返した。これに光脩は思わずひるんだ。
「前からあんたを好いていたの、あたしと付き合って」
 刹那、大声を上げ彼女は台を倒して光脩へと抱きついてきた。
 光脩は辛うじて床机椅子に座った姿勢で両手をあげた姿勢で固まる。浮き名を流すような男ならここから向かう先は出会い茶屋、男女の営みの場ということになるだろうが光脩は物心ついてからこっち兄とふたりで過ごす時間が長かったせいで奥手なところがあった。
 ところが、光脩の顔は自分で見ても眉目秀麗、色白の優男だ。色白の優男は、江戸という町では珍しく女性たちの熱い目線を集めることになる。
 光脩は時間を置いて何とか我に返った。
「待て待て、俺には恋仲の相手がいる。だから」
「大丈夫、あたしが忘れさせてあげる」
「その自信はどこから来る」
「愛から」
 愛からの一言に光脩は眩暈をおぼえる。辻占いをしていると、色恋について占う機会も多い。だが、占いの結果ひとつで自分の中に燃え上がる思いを捨てる、そんな人間の薄情さを思うと目の前の娘の愛も信じられたものではない。
「とにかく、とにかく離れろ」
「離れない」
 光脩の懇願にも相手は頑として首を横にふるう。
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