犬を舐めるな従えよ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 しばらくして、注文した物が盆に載せられてきた。それらを縁台に座る自分の脇に置く。カレイの身は柔らかく、蜆汁はよくダシがでていた、そして蒟蒻の白和えが箸休めにちょうどよかった。食事を終えたところで光脩は銚子から猪口へと注いで中身を口に含んだ。喉へと酒が滑り落ち、胃の腑へと落ちて行く感触がたまらない。
 権左衛門も同様に酒を口にしていた。それからやや時間が経ったところで、
「ところでなんでなんで、そこまで武家にこだわるんだ、権左さんは」
「なんでも何もない。戦国乱世の折の槍働きによって我らは俸禄を得た。多大な犠牲によって得た。この命もその末にある。ふたたび武士となり、この血を後世まで残す、それがそれがしに課せられた義務なのでござるよ」
 権左衛門の言葉に光脩は口を閉ざした。彼のせりふには胸にいくつも突き刺さるものが含まれていた。
「槍働きつったって、中間の助けを借りてだろう。多大な犠牲だって、当人が望んでなったとも限らない」
 光脩は陳(ひ)ねた物の考え方を披露する。武士といったところで当世の連中に実戦の経験などない――。
 それに権左衛門は盃を動かす手を止めてしばらく無言を通した。
「それがしにとってはそれが真実、それでよいのでござる、光脩さん」
 権左衛門の簡潔な言葉に光脩はかえって胸が苦しくなるのを感じる。
「そういえば、光脩さんには聞いたことがなかったが。おぬしは江戸になにゆえに参ったのでござる」
「そういえば、あたしも聞いたことがない」
 権左衛門は明るい笑みを作ってたずねた。食器を運んでいた春が興味津々といったふぜいで口をはさんでくる。そんな仰々しく聞いてくれるなよ――光脩は胸のうちで呻いた。そういった感情を押し隠して口を開く。
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