犬を舐めるな従えよ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「それはともかく、ちょうどよかった夕餉を食いに行こう。今日は実入りがよかったんだ」
 光脩は懐のあたりを叩いてみせた。
 権左衛門はその言葉に助かったという表情を見せた。精悍な風貌をしているだけに今の姿は痛ましかった。
「しかしな、弟から為替手形が届いた」「なんでそれを金子に替えなかったんだ、権左さん」
 権左衛門の言葉に、光脩は唖然となり目を剥いた。
「弟がやりくりの末に初めてくれた金子ぞ、たやすく使えるものか」
「弟さん、使ってくれるほうが喜んだと思うけどな」
 仕えていた藩は取り潰されたが、河野権左衛門(かわのごんざえもん)の弟は首尾よく某藩に召し抱えられ俸禄をいただく身となっていた。やはり、算盤勘定が得意なのが藩士になれた大きな原因だろう。他方で、権左衛門はそういっ類のことはさっぱりだ。
「それでも、弟の贈ってくれた金は使えぬ」
 こここまで言われれば光脩も告げる言葉もなく、「じゃあ、飯喰いに行こうか」と言った。
 それからはふたりは同じ堀川沿いにある煮売り酒屋へと向かう。
 訪れた先は彼らが気心が知れた店、水守屋(みもりや)だ。腰高障子を開けて中へと入る。無数に縁台が置かれたその一角に光脩たちは腰をおろした。
「いらっしゃい、光脩さん、権左(ごんざ)さん。ご注文は」
 そこに看板娘の春が笑みを浮かべて近づいてきた。下がり目に、形のいい鼻と唇を持った娘だ。髪も黒々と艶やかでこのあたりでは評判だ。幼いころに母を同時に病で失くしているというが、そんな翳りは笑顔を保つ彼女には感じられない。溌剌とした風情があった。
「まずは酒だよ、お春」
 彼女にチロリに入ったから猪口へ酒を注ぎ権左衛門とチロリを空にした。ただし、権左衛門は酒にあまり強くないから光脩がほとんど空にしたようなものだ。いい感じに酒が体に回ってきたところで「おーい、注文だ」と春を呼ぶ。
「カレイの煮つけ、蜆汁、蒟蒻の白和え、それに白飯、あと酒をふたり分、頼む」
 光脩の注文中、権左衛門は赤くなって顔を伏せていた。この段になっても奢られるのが恥ずかしいのだ。
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