忍び切支丹ロレンソ了斎――大友宗麟VS毛利元就(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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「承知」
 と応じたのはむろん小七郎だ。
 そんな彼を兄妹たちは驚愕の目で見る。その瞬間にはすでに、修行途上の忍びの子供では絶対に逃げることの叶わない距離に熊は接近していた。なにがきっかけなのかこちらに向かって疾走をはじめる。地面を叩く大きな四足に運ばれ、巨体がまたたく間に肉薄した。
 最初に犠牲になったのは女児のなかでは一番年少の律(りつ)だ。駆け足の速度が乗った前脚の直撃を受け、鉤爪で脇腹を深々と裂かれる。肺腑にまで達しているのは明白だった。
 一気に恐怖と混乱が子供たちの間に広まる。
 考えなしに逃げようとすればかえって隙をさらして死ぬ、そう教えられていたはずだというのに半数以上が背を向けて逃げ出す。その場に留まる者も小七郎を除いては恐れゆえに身動きができなくなっただけだ。
 咆哮、次に二度目の攻撃がくり出される。
 律の近くにいた里、八歳の妹が鉤爪の餌食となって地面に転がった。
 そのようすを期待はずれだというような顔で父は黙って見守っている。
 三人、四人と兄妹たちはほふられていった。
 小七郎は彼らの死に様を凝(じ)っと見つめている。ただし、家族の死に心を動かすことはない。そういうふうには育てられなかった。ただただ冷静に熊の動きを観察する。間合い、動きの癖、呼吸、そういったものを把握するのに努めた。
 ついに熊が狙いを小七郎にさだめるのが視線の感触でわかる。
 あくまで体からは力を抜いた。実のところ、人間というものはそのほうが速く動けるのだ。
 風を裂いて鉤爪がせまる。
 刹那、重心を操作した。筋肉に力をいれ、たわめ、動いていては間に合わない。
 地面を滑るような動きで紙一重で一撃を躱(かわ)す。いや、厳密には回避できなかった。皮膚が裂ける感触が傷口から頭蓋に向けて針が突き込まれるのに似た感覚でわかる。
 だが、動きは止めない。一撃を放って次の動作がまだおこなえない熊の鼻面に向かって棍棒を一閃する。総身の筋力を動員して一撃に込めた。
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