忍び切支丹ロレンソ了斎――大友宗麟VS毛利元就(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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 刹那、熊の鼻先が無惨に砕ける。傷を負った獣の戦意が瞬間的に衰えた。前へ前へという動きが止まり、後退る動作へ移行する。二本足の人間に比べ四本足の熊が安定しているとはいえ、やはり後ろへ退くのは前へ進むもにくらべ速度が落ちるものだ。
 それで逃げられると思うのか――倒れるのに似た身体操作で肉薄、小七郎は棍棒をふり下ろす。狙うは頭蓋、眉間だった。血が熱くなるのを感じていた。
 硬い感触が手のひら、手首、腕、肩を通し、胴にまでつたわる。
 悲鳴じみた吐息が熊の口からもれた。
 それをかき消す勢いで風が鳴る。棍棒がふるわれたために生まれた音だ。
 その一撃が熊の意識を消し飛ばす。脱力した熊がその場に倒れた。
 一瞬、その場に静寂がおりる。集中するあまり認識していなかった濃厚な血臭が小七郎の嗅覚を刺激した。命を落とした、あるいは深手を負った兄妹の流した血が死の気配を辺りに充満させている。
 だが、気分が悪くなったりはしない。勝った、その事実がむしろ陶然とした心地をおぼえさせていた。
 それに兄妹たちが水を差す。恐怖から介抱され、泣き出したのだ。号泣、すすり泣くなど、度合いは違えば反応は一緒だった。
 そんな子供たちを無視して父はまっすぐに小七郎のもとへやって来る。
「ようやったな」
 彼にはめずらしい誇らしげな笑みがその顔に浮かんでいた。
 対し、小七郎もまた満面の笑みで応じる。その場で幾人かの兄妹が命を落としたことなど一顧だにしなかった。
 それこそが正しい、と骨の髄にまで父の教えが染み込んでいる。
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