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五
周防の秋穂浦に真っ先に上陸したのは艀、ではなく生身の人間だった。れん、だ。
泳ぐには適さぬ時節のこと、沖から忍び装束をまとった状態で泳ぐことが容易なはずはない。だからこそ、彼女にはその“苦行”は課された。
身内、朋輩の忍びから裏切り者を出したのだ。大内、大友に対し尼子の信頼はいちじるしく損なわれている。
それを回復する手立てとして、“おのが身を危険にさらすこと”が求められたのだ。
体の芯にまで冷気が染み込み、むしろ冷たさは内側からこそやってくるような錯覚さえおぼえた。
肌は突っ張って普段よりも感覚を格段ににぶらせ、手足の指先には見えないひび割れが生じているかのごとき痛みが走っていた。震えを抑えようとしても総身が意思に抗うように痙攣のごとき動きを見せる。
「いつ返り忠いたすかわらぬ者を側に置くことなどできぬ。証を立てよ」
一種、嗜虐的ともいえる色をやどして大内輝弘麾下の将士のうち発言力のある者たちが異口同音にせまった光景はれんの脳裏に侮蔑の念とともに焼きついている。
侍のくせに肝の小さい――だが、本音を口に出すわけにはいかなかった。
裏切り者を出したのは事実なのだ、ここで反抗的な物言いなどすればますますれんの立場は悪くなる。
「この者はさような性根の者はございませぬ」
一方で、懸命にれんの身の潔白を訴えた了斎の表情もまた強く記憶に刻まれていた。
だが、その了斎の存在こそれんの心を千々に乱れさせている。
ゆっくりとこうべを巡らせ浜に誰の姿もないことを確認してれんは歩を進めはじめた。やがて浜辺にそって広がる低木の森へと踏み込んだ。
『みずからの所業に過ちがないか鑑み、かつ守るべきもののためなら罪を背負う、さようにわしは覚悟した』
『誰ぞのいうがままに過ちを犯せば、罪を背負って立つための足場すらもままならぬからな』
船内で了斎に告げられた言葉が勝手によみがえってくる。
それらのせりふは、仇の了斎が非道な人間でないことを如実に物語っていた。偽りだとしてわざわざそんなことを告げる必要はない。
周防の秋穂浦に真っ先に上陸したのは艀、ではなく生身の人間だった。れん、だ。
泳ぐには適さぬ時節のこと、沖から忍び装束をまとった状態で泳ぐことが容易なはずはない。だからこそ、彼女にはその“苦行”は課された。
身内、朋輩の忍びから裏切り者を出したのだ。大内、大友に対し尼子の信頼はいちじるしく損なわれている。
それを回復する手立てとして、“おのが身を危険にさらすこと”が求められたのだ。
体の芯にまで冷気が染み込み、むしろ冷たさは内側からこそやってくるような錯覚さえおぼえた。
肌は突っ張って普段よりも感覚を格段ににぶらせ、手足の指先には見えないひび割れが生じているかのごとき痛みが走っていた。震えを抑えようとしても総身が意思に抗うように痙攣のごとき動きを見せる。
「いつ返り忠いたすかわらぬ者を側に置くことなどできぬ。証を立てよ」
一種、嗜虐的ともいえる色をやどして大内輝弘麾下の将士のうち発言力のある者たちが異口同音にせまった光景はれんの脳裏に侮蔑の念とともに焼きついている。
侍のくせに肝の小さい――だが、本音を口に出すわけにはいかなかった。
裏切り者を出したのは事実なのだ、ここで反抗的な物言いなどすればますますれんの立場は悪くなる。
「この者はさような性根の者はございませぬ」
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だが、その了斎の存在こそれんの心を千々に乱れさせている。
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『みずからの所業に過ちがないか鑑み、かつ守るべきもののためなら罪を背負う、さようにわしは覚悟した』
『誰ぞのいうがままに過ちを犯せば、罪を背負って立つための足場すらもままならぬからな』
船内で了斎に告げられた言葉が勝手によみがえってくる。
それらのせりふは、仇の了斎が非道な人間でないことを如実に物語っていた。偽りだとしてわざわざそんなことを告げる必要はない。
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