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右、左ななめへと動きながら伝左衛門は疾駆する。三度目の射放ちは間に合わない。剣の間合いに相手をとらえた。そう思った瞬間、足もとに違和感をおぼえる。兵法の体使いでもって急激に力の方向を変え、伝左衛門はななめへと地面に向かって身を投げた。
脇腹をおそらくは矢がかすめた。罠が仕掛けてあったか――屋根裏での仕掛けを思い出し伝左衛門は歯噛みする。透波の術を学んでいても自分がそれを仕掛けられるという経験が不足しているためについ相手がそれを使ってくるということを失念してしまうのだ。
回避から視線を父の居場所へともどすのは一瞬裡のことだったが、すでにそこに人影はなかった。
いや――あたり一帯にも人の気配は感じない。
残されたのは、罠に使われた弓と疾駆して去った跡であろう足跡だけだ。
● ● ●
滅多に人の訪れることのない権左の埃だらけの住処をたずねた権左衛門は開口一番こう言った。
「このままでは、おまえの“狩り”への合力は叶わなくなる」
と。
単なる禽獣を仕留めるだけの行為なら権左衛門がいなくともいい。むしろ、邪魔になることすらあるだろう。
だが、“人狩り”だけはそうはいかなかった。
脇腹をおそらくは矢がかすめた。罠が仕掛けてあったか――屋根裏での仕掛けを思い出し伝左衛門は歯噛みする。透波の術を学んでいても自分がそれを仕掛けられるという経験が不足しているためについ相手がそれを使ってくるということを失念してしまうのだ。
回避から視線を父の居場所へともどすのは一瞬裡のことだったが、すでにそこに人影はなかった。
いや――あたり一帯にも人の気配は感じない。
残されたのは、罠に使われた弓と疾駆して去った跡であろう足跡だけだ。
● ● ●
滅多に人の訪れることのない権左の埃だらけの住処をたずねた権左衛門は開口一番こう言った。
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