引きこもり侍始末(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走

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   第一章

   一

 澱んだ水に漂う虫の死骸のように五感が、闇の中に頼りなく浮かんでいる。肌がつたえる夜具の感覚から、宗左衛門は己が眠りのなかにいることを悟った。
 だが、まだいつも起きる刻限には早いはずだと身体感覚から推し量る。
 と、同時にその原因を鋭敏な感覚で察知した。
 殺気、だ。
 部屋の外から、室内へと何者かが忍び込んでいる。確かな殺意を胸に抱いて。
 足音を殺して相手が詰め寄るのを宗左衛門は把握した。すでに眠気は強風に吹き散らされる靄のように消え去っている。
 五十四坪、物置納戸をふくめて十部屋の、裏長屋などの町人の住処に比べればずいぶんと広い住処(すみか)とはいえ、屋内を殺気の主が自分のもとまで移動してくるのにそう時はかからない。手の届く場所にまで相手が近づき、殺意を極限にまで高めた。
 刹那、宗左衛門は両目を開いて掛け具をはねのけ、横へと転がる。入れ代わる視界の端で、襲撃者のふりおろした木刀が枕に猛烈な勢いで衝突するのをとらえた。
 木刀の持ち主は、なにを隠そう双子の妹のあきだ。細い顎の線に高い鼻梁、切れ長の目と整った顔立ちを持ち合わせ、それを未踏峰の新雪のごとき白い肌が最大限に引き立てている。そんな娘が顔に浮かべるのは、兄への親愛の情――ではなく、怒りと憎しみの入り混じった凄絶な表情。
「な、なにを腹を立てておる、あき」
 彼女の、ふれるだけで火傷を負いそうな苛烈なまなざしを前に宗左衛門はうろたえる。
「なにを、と申されたか、兄上」
 さらに怒りを膨れあがらせるあき。
 し、しまった、と宗左衛門は胸のうちでつぶやくが後の祭りだ。
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