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うろんな男、胸のうちでつぶやいたときには六間ほどに距離がちぢまっていた。奇妙だから、殺気を感じたから、といっていきなり誰何するわけにもいかず、どうしたものかと考えているうちにそこまで近づいてしまったのだ。戦国の気風冷めやらぬ、徳川大権現の治世ならともかく、当世において不用意に刀を抜こうものならかえって武士が咎め立てを受けることになる。
突如、しきりに鼻をうごめかせていた犬が足を止めてあきへと顔を向けた。その双眸には、たんなる畜生とは思えない鋭い光をおびている。野生の狼と錯覚させるような声で哭いた。
刹那、虚無僧がまとっていた殺気を凝縮してあきへと向ける。深編み笠の奥からおのれに視線が突き刺さるのを彼女は感じた。自然と両者は足を止めて対峙している。
「それがしになにか御用か、お坊」
「貴様がわが兄を殺めたという者か。浪人だという話だったが、どうやら勤番のようだな」
微妙にこちらの問いかけにはこたえず、虚無僧は深編み笠のうちで独語じみた言葉を吐いた。あきを無視し、虚無僧は犬のほうに意識を向けた。
「金剛鈷(こんごうこ)、手足(しゅそく)を呼べ」
金剛鈷、とあきは胸のうちでくり返す。
伯父から紫雲流拳法の手ほどきを受けるなかでその言葉を耳にした憶えがあった。忍びが精神統一などに使う九字印のうちのひとつに金剛鈷印というものがあり、自分の身を守る護身と敵を打ち砕く摧破(さいは)の呪法に通じる印契(いんけい)だという。
そんなことをあきが思い出している短い時間のうちに金剛鈷がふたたび吠えた。すると、まるで山彦のごとく無数の犬の鳴き声がごく近所から数町離れているであろうという場所から帰ってくる。
あきは直感的にまずいことが起こっていることを察した。反射的に周囲へと走らせた視線を虚無僧と犬へともどして注視する。
突如、しきりに鼻をうごめかせていた犬が足を止めてあきへと顔を向けた。その双眸には、たんなる畜生とは思えない鋭い光をおびている。野生の狼と錯覚させるような声で哭いた。
刹那、虚無僧がまとっていた殺気を凝縮してあきへと向ける。深編み笠の奥からおのれに視線が突き刺さるのを彼女は感じた。自然と両者は足を止めて対峙している。
「それがしになにか御用か、お坊」
「貴様がわが兄を殺めたという者か。浪人だという話だったが、どうやら勤番のようだな」
微妙にこちらの問いかけにはこたえず、虚無僧は深編み笠のうちで独語じみた言葉を吐いた。あきを無視し、虚無僧は犬のほうに意識を向けた。
「金剛鈷(こんごうこ)、手足(しゅそく)を呼べ」
金剛鈷、とあきは胸のうちでくり返す。
伯父から紫雲流拳法の手ほどきを受けるなかでその言葉を耳にした憶えがあった。忍びが精神統一などに使う九字印のうちのひとつに金剛鈷印というものがあり、自分の身を守る護身と敵を打ち砕く摧破(さいは)の呪法に通じる印契(いんけい)だという。
そんなことをあきが思い出している短い時間のうちに金剛鈷がふたたび吠えた。すると、まるで山彦のごとく無数の犬の鳴き声がごく近所から数町離れているであろうという場所から帰ってくる。
あきは直感的にまずいことが起こっていることを察した。反射的に周囲へと走らせた視線を虚無僧と犬へともどして注視する。
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