80 / 106
80
しおりを挟む
仇討ちが江戸の地を踏んだことがひょんなことからもれないとも限らない、ということでふたりは夫婦者と偽って長屋では暮らしている。
そして、お互いのことを「奥」「藤兵衛」と呼び合うことにした。
また、これが嬉しそうなのだ。
こちらが、「奥」と呼ぶたびに蕾が花開くような笑みを八重は浮かべる……
盗賊の村で、酔った上で妹が口にした言葉の数々が嘘偽らざる気持ちではなかったか? という思いがわきあがってくるが、雄彦はつとめてそれに気づかないふりをした。
――そして、尻のむずむずするような思いで、日々仇の探索を行っている。
● ● ●
雄彦は昼は寺子屋で手習(てならい)師匠(ししょう)をこなしながら、夜は賭場をまわって仇の情報収集につとめていた。女武辺とはいえ、娘である八重を賭場に連れていくわけにはいかず、我慢してもらい裏長屋で待たせての探索だ。
――この日も、彼は某所の大名の下屋敷のひとつで開かれている賭場にもぐりこんでいる。武家屋敷には捕吏(ほり)の手が及ばないため、外部の客も集まる。その屋敷の渡り中間(ちゅうげん)などが胴元となるが、彼らは用人に袖の下を遣って黙認を得ていた。
大きな庭園が築かれ、数奇屋(すきや)風にしつらえられた風雅なたたずまいの屋敷の中で、
「さあ、張っておくんなさい。半方ないか、丁方どうだ」
「丁!」「半!」などという声が響いている。
贅沢に蝋燭を何本も立てた広い座敷の中央に、幅三尺、長さ三間の白布が敷かれていた。その両側には、獲物を狙う獣の眼をした男たちが並んでいる。どの面も、まっとうな生き方とはほど遠い雰囲気だ。
そして、お互いのことを「奥」「藤兵衛」と呼び合うことにした。
また、これが嬉しそうなのだ。
こちらが、「奥」と呼ぶたびに蕾が花開くような笑みを八重は浮かべる……
盗賊の村で、酔った上で妹が口にした言葉の数々が嘘偽らざる気持ちではなかったか? という思いがわきあがってくるが、雄彦はつとめてそれに気づかないふりをした。
――そして、尻のむずむずするような思いで、日々仇の探索を行っている。
● ● ●
雄彦は昼は寺子屋で手習(てならい)師匠(ししょう)をこなしながら、夜は賭場をまわって仇の情報収集につとめていた。女武辺とはいえ、娘である八重を賭場に連れていくわけにはいかず、我慢してもらい裏長屋で待たせての探索だ。
――この日も、彼は某所の大名の下屋敷のひとつで開かれている賭場にもぐりこんでいる。武家屋敷には捕吏(ほり)の手が及ばないため、外部の客も集まる。その屋敷の渡り中間(ちゅうげん)などが胴元となるが、彼らは用人に袖の下を遣って黙認を得ていた。
大きな庭園が築かれ、数奇屋(すきや)風にしつらえられた風雅なたたずまいの屋敷の中で、
「さあ、張っておくんなさい。半方ないか、丁方どうだ」
「丁!」「半!」などという声が響いている。
贅沢に蝋燭を何本も立てた広い座敷の中央に、幅三尺、長さ三間の白布が敷かれていた。その両側には、獲物を狙う獣の眼をした男たちが並んでいる。どの面も、まっとうな生き方とはほど遠い雰囲気だ。
0
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる